2011年12月20日火曜日

仙台市歴史民族資料館へ

仙台市歴史民族資料館へ行ってきた。
この資料館は、榴ヶ岡公園の敷地内にある。それまでに榴ヶ岡公園へは何度も行ったことがあったし、この建物も目にはしていたのだけど、まさかここが歴史民族資料館になっていたとは、全く気がつかなかった。人間は、興味があるものしか視界に入ってこない、というのは本当なのだ、ということを体験から学ぶことができた。

今回、この仙台市歴史民族資料館へ向かったのは、12月の中旬。かなり冷え込む一日だったので、自分たちくらいしか客がいないのではないか、と心配していたのだけど、さにあらず。自分たちの他にも、7〜8人くらいの先客がいた。みんな、熱心に資料をのぞきこみ、うなづくようにして見入っている。中には、ひとつの資料に数分以上の時間をかけて、ていねいに回っている人もいる。この寒い日に、わざわざ資料館にくるくらいの人だから、きっとこのような分野が好きなのだろう(人のことは言えないが)。そんな熱心な人たちに混ざりながら、自分も展示物を見て回る。


ここ仙台市歴史民族資料館では、明治時代から昭和にかけての仙台に関する資料が展示されている。
民族資料館の名前の通り、一般的な生活や風景に関する資料が並んでいるので、とても身近に感じるし、身近なだけに「生きて、生活している」という生々しさのようなものも感じる。

そういえば、祖父が生きていたころに、この「豆炭」を使っていたよな、とか、このタイプと同じ掃除機が家にあったかもしれない、とか、ひとつひとつに深いシンパシーを感じる。
実家にあったものも、ここに寄贈すれば展示してもらえたのだろうか? 自分たちが「もう古いからいらない」と捨ててしまっていたものでも、ほんの30年、40年後の人たちにしてみれば、貴重な資料になりえるのだろうか? そんなことを考えながら、懐かしみながら展示物を見て回った。

考えてみれば、ほんの数十年前までは、仙台駅前も小さな駅舎がひとつあるだけの場所だったわけだ。人が歩き、立ち止まり、その横を車が通り過ぎるような場所だったわけだ。そこに路面電車が走り、道が整備され、ビルが建ち並んで今の風景を作っていく。ほんの(と、いう表現が正しいかどうかは別として)数十年のできごとだ。少なくとも、僕の祖父が見ていた風景とは、全く異なるものになっていることは間違いない。きっと、僕の孫の世代になれば、もっともっと違う風景になっていくのだろう。そんなことを考えると、なんだか不思議な気分になってくる。

震災後から「今、この風景を忘れないようにしよう」という気持ちが、とても強くなってきていた。今、この時代に、この風景を見ることができるのは、この時代に生きている自分達にしか体験できないことなのだから、しっかり見ておこう。そして、忘れないようにしておこうと、考えるようになってきた。
そのような意味でも、今、このタイミングで仙台市歴史民族資料館に来ることができて、とてもよかったと感じている。ある日突然、この「仙台」ができた訳ではなく、先人達が切り開き、育ててくれた場所に、僕たちが生活しているのだということを、確認できてよかったと思う。

入館料は一般・大学生200円(2011年12月現在)。十分にそれ以上に楽しめるし、建物を眺めるだけでも価値があると思うので、ぜひ気になる方は足を運んでいただきたい。余談になるけれど、資料館のグッズなども充実してもらえると、面白いのではないかと思うので担当の方は検討していただけるとうれしいです。


追記1:
入館料は一般・大学生「240円(2017年現在)となりました。入館料については、仙台市歴史民族資料館のホームページで確認を。

追記2:
Youtubeで「仙台の路面電車」の画像を見つけることができた。自分は、残念ながら記憶には残っていないのだけど、見ているだけで、ものすごくドキドキした。もう一度、仙台の街の中を路面電車が走ったのなら・・・、としみじみ感じました。