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5月, 2011の投稿を表示しています

楽天ー阪神戦を観に行く。

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先日、楽天-阪神戦を観に行った。スタジアムの中に入るまでは「地震の影響で、あちらこちらが壊れているのかもしれないな」と、少し気になっていたのだけど、パッと見た感じでは特に大きな損傷はないように見えて、ひと安心。照明に照らされる、芝生も鮮やかだ。
小雨は降っていたけれど、大きな歓声の渦の中にひきこまれて、寒さも湿気もさほど気にならない。むしろ、心地よいとさえ感じる。ビールを飲まなくても、自然と気持ちが高揚してくる。
なによりも、「六甲おろし」を生で聞いた時は、ゾクゾクした。「おお、これがあの有名な・・・」と、うれしくなった。まさか、仙台でコレが聞けるとは、と縦縞のユニフォームを着ている人達が、声援を送っている姿をわくわくしながら眺めていた。
野球は詳しくないし、選手の名前もわからないくらいだけど、この雰囲気にひたるだけでも、楽しいしおもしろい。おおぜいで応援する姿って、いいですよね。スポーツ観戦の醍醐味だ。
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NAOTO LIVE TOUR 2011 Prism 仙台公演に行く。

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昨日、ヴァイオリニスト・NAOTOさんの仙台ライブに行った。24時間以上経過した今でも、頭の後ろの方に音の余韻が残っていて、それを壊したくないから、しばらくは他の音を聞きたくないと思うくらいだ。
今回のライブは、仙台でライブがあると知った時からすごく楽しみにしていて、車で移動する時には必ずと言っていいほど聴いていたのだけど、地震の直後だし、中止になっても仕方がないと思っていたので、ライブが行われた時には本当にうれしかった。とにかく、ここに、この場所に来る事ができた、ということが何よりも嬉しかった。
まだ、全国ツアーが始まったばかりだから、演目に関する内容は書かないでおこうと思う。ただひとつ、ライブに参加していて「この瞬間を、忘れないようにしよう」と思ったのは、初めてだったし、実際に、ずっと忘れないだろうなと思ったことだけは、書いておきたいと思う。

深夜の連続ツイート:ペンギンの赤ちゃんのこと

ある日突然、「短時間に集中して、一気にまとまった文章を書く試み」として、深夜1〜2時ころ、twitterに連続でツイートしようと考えた。なぜ、そのように考えたのかはわからないけれど、実際にやってみると、ちょうど140文字というのが、自分にとってぴったりの文字数らしくリズムよく文章を区切っていけるので、なかなか楽しく書くことができている。
twitterの場合、過去の文章を読み直すのは手間がかかってしまうので、これからは時々、ブログの方にも転載しておこうと思う。もしかすると「何か」が見えてくるかもしれない。
基本的なルールとしては「twitterの文章を、そのままコピー&ペーストで、編集はしない」ようにしようと思っている。前後の文を読まないと、意味がわからないものもあるけれど、そこはまあ、気にせず、連続ツイートした時の思考の流れを壊さないように、してみたいと思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー Apr 25, 1:08am 寝る直前になると、過去の出来事が頭に浮かぶようになった。それは例えば「あの人と会う時は、いつも雨……と、いうよりも突風だったな」とか「真っ赤なキャリーバックが、良く似合ってたな」とか、そんな断片的な映像なのだけど、不思議なほど鮮やかに思い浮かぶようになった。
Apr 25, 1:14am (つづき)そしていつも感じることは、いかに自分が「一部分しか見ない」で、ものごとを判断してきたか、ということだ。見えない、というよりも、見ようとしない事で、どれだけ多くのものを損なってきたのか。何かを学んだつもりで、結局、同じことを繰り返してきただけではないのか。
Apr 25, 1:20am (つづき)今は、午前1時過ぎ。そろそろ寝ようと思う。不思議なもので、朝目が覚めると、夜に考えたことは綺麗さっぱりと消えてしまっている。よし、今日はアレをやろう。次はソレだ。と、いつもの思考に戻っている。脳の仕組みがそうなっているのか、自分が楽観的なだけなのかはわからない。
Apr 25, 1:28am (つづき)そして、これで深夜の連続ツイート終わり。昨日は、大きな揺れが少なかった。明日は、もっと揺れないといいなと思う。松島で生まれたペンギンの赤ちゃんが、すくすくと育てばいいいな、と思う。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…

再会の兆し?

実は(と、強調するほどのことではないが)このブログを始めようと思ったのは、偶然と思うような「できごと」の中にも、何かしらの「つながり」があるのではないか? と考えたことがきっかけだった。
とにかく、気になったことを書いておけば、後になってから面白い発見のようなものが、あるのではないか? とふいに考え、記録を残してみようと思ったわけです。
なので、先日、twitterに「偶然のできごと」に関して、連続で書き込んだ文章があるので、こちらにも転載しておきたいと思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 地震の時に失くした、と思っていたモノが、ひょんなところから飛び出してきた。道を歩いていたら、昔の親友にばったりと会った時のような気分だった。うれしかった。もう見つからないと思っていたから、ほんとうに嬉しかった。
もしかすると、近いうちに「懐かしい人」から、連絡がくるのかもしれない。その時は、マックの100円バーガーでも食べながら、話しをしよう。ポテトも、アップルパイも食べて色々な話しをしよう。
そんなことを考えていると、まだまだ未来は明るいぞ、楽しみだぞ、などと思えてきたわけです。今日の仙台の天気は、晴れるらしい。洗濯日和だね。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 以前、何かの本で読んだのか、誰かに教えてもらったのかは忘れたけれど「なくしたと思っていたものが、ふいに表れた時は、何かしらのメッセージを伝えようとしている」と、いう話を聞いたことがある。もちろんそれは、単なる受け取り方や解釈の仕方なのかもしれないし、単なる偶然だと片付けることもできるのだけど、このブログの目的は「偶然なのか? 必然なのか?」なので、こうやって記録をしておくことにした。
何かしら、面白い後日談があれば追加で報告してみたい。今のところは、何の兆しも予感もないですけどね。

仙台市博物館 ポンペイ展へ行く。

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4月29日、仙台市博物館のポンペイ展が再開することを知り、さっそく出かけてきた。
連休中ということもあり、かなりの混雑を覚悟して行ったのだけど、博物館へと続く道も駐車場も、想像していたよりも空いていた。係員に誘導されるがままに、車を止める。外に出る。博物館の建物と「ポンペイ展」の看板を観た瞬間に、色々なことが頭に浮かぶ。またこうやって、仙台市博物館にやってこられたのだ、ということを、しみじみと考える。
火山の噴火により、一夜にして灰の中に埋もれてしまったポンペイの街。まるで真空パックをするかのように、その空間が閉鎖され閉じ込められてしまったおかげで(おかげ、という表現が正しいかどうかは別として)1700年後の私たちが、こうやって当時の文化に触れることが、できたわけだ。
そんなことを考えながら、そこに住まっていた人々のことを想像しつつ、展示品をひとつひとつ見て回る。それを作り、それを使っていたポンペイの街を想像しながら、見て回る。1700年前。長い時間だ。ものすごく膨大な時間の積み重ねだ。それでもなぜか今日は、ほんの数ヶ月前に起こった事のように、すごく身近な出来事のように思えてしまった。なぜ、そんな風に感じたのかはわからない。あまりにも遠すぎる昔の出来事だから、逆にそのような感想を、抱いてしまったのかもしれない。
美しくも完成度の高い美術品。あざやかなモザイク。当時の人が描いた「落書き」。 まさか自分の落書きが「貴重な資料」として、膨大な費用と時間をかけて運ばれてくるとは、思わなかっただろう。自分の落書きが、日本の東北の街、仙台市博物館で展示されていると知ったならば、どのような感想を持つのだろう。もしかすると「どうせなら、そちらではなく、こっちの落書きを見て欲しかった」などと、思っているかもしれない。「途中まで描いたけど、消してしまったヤツの方が、できが良かったんだけどな」と、くやしそうにしているかもしれない。 ポンペイの品々を眺めながら、そんなことを考えました。

※仙台市博物館 周辺地図 大きな地図で見る

※イタリア(ポンペイ)周辺地図
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