深夜の連続ツイート「同じことを」
4年ほど前、僕がある印刷物に「(言葉は)それを必要として、喜んでくれる人のところへ届く」という文章を書いていたのを見つけた。自分で書いたというのに、すっかりと忘れていた。そして同時に、僕は数年前からずっと「同じこと」を考え続けていたのだな、と思った。
(つづく)この文章を書いた時の僕は「きっと届くはず」と考えていたと思う。確信というより希望。「届けば良いのだが」と願う気持ち。でも今の僕は「必ず届く」と考えている。届かないはずがない、とさえ考えている。なぜそんなことを言えるのかというと「届いた」という体験を積み重ねてきたからだ。
(つづく)それには時間がかかることもある。でも、いつの日か必ず届いて、ぐるりと巡って、また自分のところに戻ってくる。帰ってくる。だから、少しでも強い言葉を。自分自身が、誰かに言われたら嬉しいような言葉を。しっかり表現しなくちゃな、と今僕はそんな風に考えている。
(つづく)これで深夜の連続ツイート終わり。今日は料理をしている時に、手の甲を少しだけ火傷してしまった。ヒリヒリしている。本当はそのことを書こうと思ったのに、なぜかこれを書いてしまった。でも、書いたら少し肩のあたりが軽くなったような気がする。そろそろ寝ようと思う。