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【佐藤の文章講座】アイデアは一瞬で消え去る。手書きメモのススメ

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メモのススメ アイデアの多くは、 日常生活のふとしたタイミングに突然訪れる。 Macの前に座って「さあ、書くぞ!」という時に、都合よく思いつくということはありません。そして大抵の場合、道を歩いている時、車を運転している時、風呂に入っている時、など、突拍子もない時に思いついたりします。 そして「よし、これはおもしろそうだ!」と考え、あとであらためて考察してみようと考えていると、 ものの数分くらいで綺麗さっぱりと忘れてしまいます。 「あれは何だったかな?」と、ひらめいたアイデアを思い出そうとしている時の喪失感といいますか、もったいない(実際は、たいしたアイデアではない場合も多いのですが)気分でいっぱいになります。みなさんも同じような体験があるのではないでしょうか? だから「メモ」する そのような「もったいない感」を覚えなくてもいいように、私の場合は 「メモ」を小まめにとる ようにしています。移動中ならば、安全な場所に立ち止まるまで、忘れないように何度も頭の中で繰り返します。手帳に書き留めると、ほっと安心します。それでも、タイミングがあわなくて、メモをするのがすこし遅れたりするだけで、あっというまに消え去ることもあります。 どうしてこんなに忘れやすいのだろう 、と自分の記憶力の弱さにあきれてしまうことは、しょっちゅうです。 そして不思議なもので、私の場合、 メモをしてしまうと(メモをした瞬間?)内容を忘れてしまいます。 安心するからなのか、全くきれいさっぱりと意識から消えてしまいます。1年前の手帳を読み返してみた時に「これはどうやって発想したのだろう」とか「なんでこんなこと思いついたんだろう」と考えることがよくあります。 昔は、あまりにも覚えていないことが多いので、自分はどこかに欠陥があるのではないか、とさえも思いました。しかし最近では、そんな風に「覚えていない」ことで、 手帳を読み返した時に新鮮な気持ちで接することができる ため、 新しいアイディアへの発展とか、別の要素得組み合わせることで、思っていたよりも良いものになったりする場合があるので、これでいいのかな、と考えてもいます。その分、 メモをする時にしっかりと書いておけばいい と思っています。 メモは手書きか? スマホか? ちなみに、 メモは手書きの方が良い ような気がします。他の所でも解説しているので詳細は省きます

【佐藤の文章力講座】情報収集の方法とは?

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【佐藤の文章力講座】情報収集の方法とは? 前回の記事 で 「ひらめきは、情報と経験量に比例する」 ということを書きました。おそらくみなさんの頭の中には「では、 どうやって情報を集めていけばいいのですか? 」という質問が浮かんでいると思います。 すこし厳しめの回答になりますが 「どうやって情報を集めれば」というような質問をするようでは成長が望めない 、ということになるのではないかと思います。まるで呼吸をするように意識することなく、すべての事象から「アイデアの種」を拾い続けていく、ということだからです。 日常のできごとに「アンテナ」を立て続ける 実際に、私の周囲の「アイデアがひらめく人たち」は、 日常生活のほとんどを情報収集にあてアンテナを立てている のですね。生活していると、様々な情報(できごと)に遭遇しますが、それらの中に「興味をひくものはないか?」と常に意識を向けています。 たとえば、知人のデザイナーと一緒に移動していたとします。すれ違った人が「ちょっと変わったデザインのTシャツ」を着ていたので「さっきのTシャツ見ました?」と話しかけると「見ました。キャラクターが履いていた靴の色がかわいいヤツですよね」のような答えが返ってきます。 私は「ちょっと変わったTシャツ」というレベル でしか見ていませんが、 デザイナーは細やかな部分まで観察し情報収集 しています。そして「あのTシャツのブランド、私も好きなんです」とブランド名を教えてくれたりもします。次回に会った時に、そのTシャツを着ていて「あっ!それは!」「いいでしょ?」と、話題を作ってくれたりもします。 目が出ない「アイデアの種」の方が多い もちろん、そのような「アンテナ」を立てて集めた情報が、すぐに仕事に活かせるわけではありません 。ほとんどの情報が普段は「眠っている」状態 ですし、活用したとしても「不採用」になる確率の方が圧倒的に多くなります。 そして実際のところ 「ひとつの情報が、そのまま大きなアイデアになる」 ということは、ほとんどありません。きっかけになることはありますが、そこは出発点で試行錯誤が始まり、あれだこれだ、修正だ、変更依頼だ、などと雑多な作業を積み重ねた先に「いいアイデアですね」とまとまることが多いのです。そうやって拾った種を「どのように育てていくか」が力のみせどころです。 だからこそ「情報収集す

【人生哲学】独立起業して19年目に「思い出した」言葉

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独立起業して19年目に「思い出した」言葉 今年の6月で独立起業して19年目になった。今までは「今年で何年目だったかな」と適当に考えるくらいで、特に気にとめていなかった。ところが、なぜか今年は妙に「当時のこと」を思い出す時間が増えていた。自分にとってはめずらしいことだった。 若い頃は「昔話をするような大人には、なりたくない」とうそぶいていたし、セミナーなどでの自己紹介のような必要最低限の時以外は、あまり語ることはなかった。しかし、あまりにも頻繁に浮かんでくるので、もしかすると 「当時を振り返るタイミングなのかもしれない」 と考え、Youtubeに「起業した時の話」というような動画を公開することにした。 実際に録音してみると、30分を越える長さになった。そして話せば話すほど、当時の細かな部分が思い出されてきて「まだまだ話せる」ような感覚があった。おそらく自分で考えているよりも 「起業した時のことを、話したかった」 のだと思う。あまりにも辛い時間が続いていたので「思い出したくもない」と考えていたのだけど、それと同時に、どこか懐かしむような気分があったのだと思う。 ・動画「私が20代で起業した時の話」は、こちら 今のところ、当時を振り返ってみて「あたらしい発見」のようなものはない。むしろ「 もう少しがんばれたのではないか?」という反省点 が思い浮かび、あまりよい気分にはなれない。それと同時に「あのころの経験が、今の自分」を形成していることも確実なことなので、 失敗や成功というものは長いスパンで考えるべきものだな 、とも思っている。 「想像できることは、かならず実現できる」 ここまで書いてきて、ふと思い出した言葉がある。 「想像できることは、かならず実現できる」というフレーズ である。 当時読んだ、マンガの台詞だったか、雑誌の記事だったのか、正確なことは忘れてしまった(なにせ19年も前のことなので、もはや確認することはできない)。 当時、このフレーズを目にした時の自分は 「想像できれば、実現できるなんて、 そんな簡単な話はない 」と感じていた と思う。そんなことで実現できるのなら、いくらでも想像してやる、と鼻息を荒くしていたように思う。頼れるのは自分だけだ、と若さゆえの勘違いで起業した自分にとって、どこかリアリティを感じられなかったのだと思う。 あれからそれなりに長い時間が

【文章力向上講座】文章には「適切な速度」がある。

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文章には「適切な速度」がある 文章には「適切な速度」がある と、私は考えています。早く読めるもの、読み込むのに時間がかかるもの、この2つですね。どちらが良い悪いではなく、目的や情報に合わせて使い分けていく必要があるわけです。 簡単に比較してみると、 ・早く読める文章 = 情報量が少な目の文章 読みやすく一般的には好まれるが、情報量が少ないため、長期には読まれにくい内容。 ・読む速度が遅くなる文章 = 情報の密度が高い文章 。 密度が高いため読む速度は落ちる。資料としての価値。長期にわたって読まれやすい内容。 このような違いがあると思います。最近の傾向としては「 短く簡潔な文章 =速度が速い文章が」好まれる ように感じています。ちょっとした時間にスマホを覗いて、時間を潰す。次々に表示される記事を読んでいくものの、読み終わった後に「何を読んだか覚えていない」というような 「消費を前提とした文章」 とでもいいましょうか。 これからは、ますます 「早く読める文章」を好む人の割合が増えていく でしょう。そして、そのような文章が書ける人が、重宝されるでしょう。そして、こちらのタイプの文章を書けるようになりたい、と考える人も多くなるでしょうから、文章術のアドバイスは「 早く読める文章の書き方」 が中心になっていくことでしょう。 深みを求める読者層は、一定数存在する しかし同時に、 より深い情報を好み、考察していく事を好む人たちが、一定数存在 することも忘れてはいけません。 「密度のある文章(資料)=時間が必要な文章」を読み込むことで、理解度を高め広げていく面白さを知っている人たちも確実にいるのです。 そのような人達に向けた文章を準備しておくことで、他とは違った「つながり」や「広がり」がはじまる可能性があります。そしてなによりも、そのような文章を提供できる人には、 一定の読者数がつく可能性が あります。別の記事にも書きましたが、今後の方向性として 「人数の多さを目的とした文章 →  少人数でも深い『つながり』がうまれる文章」 を目指すのであれば、このスタイルの文章を目指すということも、おもしろい選択のひとつだと感じます。 「わかりやすく、密度が高い文章」を目指せ もちろん「時間が必要な文章」といっても、それに甘んじていてはいけません。可能な限り速度を早める工夫を行いつつも、どうして

【文章力向上講座】表現技法を甘く考えてはいけない(上級者向け)

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「表現技法」を、軽く考えてはいけない 私は様々なところで 「まずは基本が大切」 という解説をしてきました。文章が苦手な人は、すぐに使えそうな「表現技法のテクニック」を学ぼうとします。しかしそれは土台ができていないのに、表面だけを飾り立てるようなもの。表面の錆だけを落としても、すぐに下から新しい錆が浮かび上がってくるように、根本から鍛えていかなければ意味がない。そのようなことを、解説してきました。 しかし、ここで誤解をしていただきたくないので、あらためて強調しておきますが、 ・「基本 = むずかしい」 ・「表現技法 = かんたん」 と、いうことではありません。むしろ逆の意味であると、私は考えています。 ・「基本 = むずかしい」 ・「表現技法 = もっとむずかしい」 と、いうことですね。「基本をしっかりと身につければ、表現力(技法)は自然と身につく」というわけではありません。実際は 「かなり難しい」ので、軽く考えてはいけない ということですね。 基本は「膨大な時間と演習」の積み重ね 基本を身につけることは「むずかしい」ことです。しかるべき時間と演習を積み重ね「身体に染み込ませるまで」ひたすら繰り返していく必要があります。「1万時間の法則」というようなフレーズを目にすることがありますが、そのくらいの 時間を投資する必要があるのが「基本」だと私は考えています。 しかし、別の視点で考えるならば「1万時間の演習」を積み重ねることができるのなら 「基本を身につけることができる」 と、いえるかもしれません(もちろん、それ以上の時間が必要な人もいると思いますが、あくまでも仮説として)。 さらに上を目指すには「センス」が必要になる しかしそこに 「表現技法」という、自分の個性を輝かせるための「プラスアルファ」 を磨いていくには、努力だけでは越えられない「なにか」が存在すると感じています。全力を注いで取り組んでも、そこにたどり着けるかわからない。いわゆる 「センス」というような、先天的な才能が必要かもしれない。 もっている人は越えられるし、不足している人は足踏みを続けるかもしれない。 非常に曖昧な領域といいますか 「やってみなければ、わからない」 という部分が多いと思うのです。さきほど、 ・「基本 = むずかしい」 ・「表現技法 = もっとむずかしい」 と解説したのは 「表現技法

【佐藤の文章力向上講座】共感される文章の書き方(2つのポイント)

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共感される文章の書き方(2つのポイント) 「読み手に共感してもらえる文章が書きたい」 これもよく質問される項目のひとつです。しかし、ただ 単に一生懸命に書いていたとしても「共感される文章」には仕上がらない もの。今回は、共感される文章を書く時に、チェックしておきたい2つのポイントを解説します。 1)「書きたいこと」ではなく「読みたいこと」 共感する、ということは 「相手と自分の間に共通点がある」 ということ。共通点が多かったり、深かったりすることで「共感」が生まれるということですね。逆に考えるならば「自分が書いている文章に、 相手が読みたいと感じていること」が存在しなければ、そもそも共感が発生しない と、いうことになります。 どんなにすばらしい表現技法を駆使して書いた文章でも、その中に相手が「読みたい情報」が存在しなければ共感以前に、読んでもらえません。自己満足で押し付けの文章で終わってしまいます。 今、あなたが「書こうとしていること」は、読み手(相手)の中にも存在する情報なのか。 知りたいと感じている情報なのか。この視点を持ちながら考えていく必要があるのです。 2)共有できる「一定の情報量」は存在するか 「相手と自分に共通点」が存在するならば、そこには「共感の種」が存在するといえるでしょう。もしそれを見つけることができるならば 「 共感の種」の量を増やし、より多くの接点を増やしていく 必要があります。 たとえば初対面の人と話す時に「出身地が同じ」ということがわかれば、心の距離が近くなります。そして、他に共通点がなければ「同じですね」で終わってしまいますが、細かな情報を確認しあうことで 「自分と同じ価値観を持っている人」という認識 が生まれ、より会話を楽しみたくなるでしょう。 文章もこれと同じです。 深い共感を生み出すには「一定の情報量」が必要 になります。密度を深め、回数を重ねることで「それ」をつなげていく必要があるのです。一度ですべてが完結する、ということはまずありません。 「相手が読みたいこと」+「一定の情報量」=共感の土台 どのようにすれば1)2)の部分を深めていけるのか? そこを考えていくのが力の見せ所。表面的なテクニックは、表面的な共感(のような雰囲気)で終わります。土台を作っていく準備と土台が必要なのだ、意識を変化させていくことが大切なのです。 関連:

これからの時代に必要なこと「文章力&話す力」を磨こう

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未来の働き方「文章力&話す力」を磨こう  私は、今までに講師として「授業」を数千時間以上行ってきたので、教室で受講生に向き合って解説をすることは、それなりに経験があります。緊張やプレッシャーを感じることはありますが 「なんとかなるだろう」 という気持ちで乗り切ることができます。 なので、Youtubeを始めた時にも「なんとかなるだろう」と「話すこと」に関しては、そこまで気にとめることはありませんでした。いや、もちろん自分の声や話し方は、好きではないのですが 「ある程度、理解しやすい話し方はできるだろう」 と、思い込んでいた のです。 自分は「トーク力」が不足している・・・。 しかし、Youtubeのように 「音声のみでの解説」 となると、また違った難しさがあると感じました。現場ですと、身振りや全体の雰囲気などで補い「伝える」ことができます。ちょっとした話の脱線や、受講生からの質問を拾って広げていくこともできます。そして、私が得意なのは「そのような部分」だったと思います。  ところが「録音している」と考えると余計なことは話せませんし、間合いの取り方も変わってきます。自分の口癖が気になったり「あー」とか「えー」というような部分も、ひどく耳障りに感じます。なによりも 受講生の顔が見えないので、イメージしながら話していく しかありません。 そのように迷いつつ録音した内容は「わかりにくい」し、いまひとつテンポもよくありません。あらためて自分の解説を確認することで 「オレの授業って、全然ダメだ・・・」 と実感することができました。今更ですが・・・。 修正点が見つかる = 伸び代がある しかし 「修正点がみつかる」ということは「改善できる」ということ です 。 改善することができるということは「伸び代がある」 ということ、と考えました。そこで、毎回録音する度に、 ・「今回は、早口で話してみよう」 ・「すこし雑談を増やしてみよう」 ・「導入部分に〇〇を加えてみよう」 などと、 小さな変化を試してみること にしました。もちろん、すぐに結果が出るような作業ではありません。しかし、小さくても何かしらの課題を持って作業をした方がメリハリになるので、そんな風にして「自分自身を指導する」つもりで、続けてみることにしたのです。 今までは 「台本」のようなものを準備せず「一発撮り」 で作

音声入力で、文体は変わるのか?

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話すスピードで、文章を書くコツ? 以前メルマガに 「最近は約60%の原稿を、音声入力で書いている」 と書いたところ、それを読んだ方から、いくつか質問をいただいた。そのひとつが 「よく話すスピードで、文章が書けますね」 というものだった。これはもう慣れということになると思う。私の場合は、 受講生の前で講義をしている時のような感覚 で音声入力していくと、ちょうどいい感じ書いていくことができる。講師時代の経験が、ひょんなところで役立っているわけである。 もちろん、そのままでは、えーと、とか、うーん、などの相槌が入ったり、口癖が何度も繰り返されたり、話す順番が前後している場合が多いので、キーボードを使っての修正を行うため、 純粋に音声入力だけで完結するわけではない 、ということも付け加えておく。 修正前提で、書き進めていく ということである。 文体は変わるが、その差は小さい。 他に 「文体は変わらないのか?」 という質問もあった。結論から言うと 間違いなく変わる。 しかし、よほど文体に注意して読んでいる人でなければ「最近、文体が変わったね!」と言われるような事は、ほとんどないように思う。音声入力そのままの文章で出稿したならば、さすがに変化に気がつく人もいるかもしれないが、私の場合はキーボードで修正するので、その差が縮まっているということもあると思う。 さらに付け加えれば、私の場合は「文体 =トーン」を大切にする文章は、最初から手書きで書いていくことにしている。つまり 何を重視するかで、音声と手書きを使い分けている、 というわけである。なにがなんでも音声でなければいけない、ということでもないし、逆もまた同様である。 今後は「音声」の比率が増えそう。 おそらく私の場合は、今後、音声入力での執筆が増えてくると思う。何よりも音声認識の精度が上がったことで、普通に話すスピードで入力をしても、ある程度まともに変換してくれるので、かなり助かっている。 電車の中などでは、周囲の迷惑になるので音声入力をすることはないのだが、電話をしても差し支えない状況の場合は、電話をしている振りをして入力することもある。ほんのメモ程度でも、後になって役に立つことも多いので、これからも使用する機会は増えることはあっても減ることはないように感じている。 気になって

「音声入力」と「電子書籍か紙の本か?」2018年を振り返ってみる。

こんにちは。コピーライターの佐藤です。あっ、という間に、平成最後の年末がやってきました。そして静かに過ぎていこうとしています。 昭和生まれの私は 【昭和→平成→ 新元号】の三つの時代を生きていく ことになります。なんだか不思議な感覚がしますね。 さて、今回は「音声入力」と「電子書籍か紙の本か?」というテーマでメルマガに書いた記事に加筆したものを、こちらにも掲載します。読んでみてください。 音声入力か? キーボード入力か? さて、今年、私の仕事環境で大きく変化があったのは 「音声入力での執筆」の比率が多くなった ということです。正確な割合は分かりませんが、大体60%は音声入力、それ以外がキーボード等による入力となっています。つまり、とうとう 音声入力がキーボード入力の割合を越えてしまった というわけです。 たしかに、音声入力では誤変換や誤字脱字が発生します。それでも、最初からキーボードで入力していくよりは、圧倒的に早く(つまり話し言葉のスピードで)文章を書いていくことができるので、キーボードによる修正の時間を考慮しても、 かなり効率が良くなった と感じています。 アイデアを「音声」で書き留める。 さらに私の場合は、移動中にアイディアの断片が思いつく場合があります。今までは、急いで手帳に書き留めるか、近くにあった用紙に走り書きをしていました。ところが、手元に筆記用具がなかったり、書き留めた用紙を紛失してしまうことが多々あったのです。 しかし、 音声入力を使うと移動中でも電話をしている素振りで、書き留めておくことができます。 小さな声で早口に話しても、割と正確に拾ってくれるので大丈夫なのです。なによりも用紙を紛失したり、かさばったりすることなく、その場で記録できるのは大きなメリットになります。 不思議なもので 「アイデア」は、思いついた瞬間にその「場所」で書き留めないと 、きれいさっぱりと忘れてしまうものです。少し移動してから、さあ書き留めよう、と思っても、ほんの数分前に思いついたことなのに「あれ?」ということも頻繁にあります。 音声メモではなく、音声入力メモにすることで、今までは紛失していたアイデアを、だいぶ形にできた一年だったと感じています。 「手書き」の効果について。 さてそうなってくると、以前から

note更新情報 一覧

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ここ二ヶ月ほど、少し試してみたいことがあったので、noteに記事を集中して書いてみました。今のところ結果は出ていないのですが、なんとなく「なるほど」とわかってきたような部分もあるので、もう少しnoteを続けてみようと思います。 それでは、noteに更新した記事のタイトルをこちらにも紹介します。気になる記事があれば読んでみてください(すべて無料公開です) UTme! でトートバックを作ったら → STAFF PICKに選ばれてた UNIQLOのUTme!でTシャツとトートバックを作ってみたところ、トートバックが「おすすめ」に選ばれていた、という記事です。 UTme! でTシャツを作ってみた 起業家だけが知っている 人生の荒波を乗り越えるヒント タイトルは大げさですが、自分が起業してから「このような工夫をしてきました」という内容のものを、いくつか書いています。このシリーズを更新すると、アクセス数が増えるので「働き方」について色々と考えている人が多いのだろうな、と感じています。 私(佐藤)が起業した時のこと あなたの『可能性を見つける』質問とは? あなたの可能性を育てるヒント【2本の柱を立てろ!】編 似顔絵を描いてもらって、考えたこと。 「何が言いたいのか、わからない!?」と言われて悩んでいる人へ 起業するって、大変ですか? 組写真 こちらは実験的に「組写真」を掲載してみました。今のところあまり反応がよろしくありません。noteは記事(情報系)やイラスト(マンガ系)が強いのかな、という印象です。もう少し工夫が必要な感じがします。 牧場を歩き回った日【ゴガツバレ】 新緑の季節を散歩した日。

名刺を作る。

先日発注した、2013年用の名刺が届いた。 実は(と、強調するほどのことではないが)独立してから今まで、名刺は自分で制作していた。名刺用の用紙を購入してきて、Macでデザインして家庭用のプリンターで印刷する、という家内制手工業で作ってきたわけだ。 当時はこの方法が一番リーズナブルだったし、自分でデザインした名刺を使用することができる、というおもしろさもあったので、ずっとそうしてきたのだけど、今回とあるwebの記事を読んでいて「どうやら今では、安く名刺を制作してくれる業者も増えてきたようだ」ということに気がついた。とりわけ「初回キャンペーン」などの特典を利用すると、自分で制作する時とほぼ同じくらいの費用で制作してもらえるところもあった。 実際のところ、自分で作っていると、プリントの際に擦れたり角が折れたりして破棄するものも出てくるので、そのロスを考えると発注した方がお得だということに気がついたわけだ。なにごとも、調べてみるということが大切だ。ちょっと検索してみるだけで、色々なことが有利になったりするわけだ。しかし、この値段だと利益は・・・と余計な心配もしてしまうわけだが、とにかく作ってもらえるのだから頼むしかないわけである。 そんなわけで、今回はあるところに発注してみた。そこは、自分で制作したデータを入稿して制作してもらうと、かなり安く仕上げてもらえるので、かなりお得に制作することができた。ちょっと表現はズレてしまうかもしれないが「いいお買い物をした」という気分だ。ちなみに、今回は、今までデザインした中で、もっともシンプルな「まっすぐ」な感じに仕上げたので、お手元に届いた場合には「これが、あの名刺だね」と思い出していただいたり、話題を振っていただけると、なんとなくうれしい。早く配りたい気持ちもしているのだが、一応、新年から使い始める予定なのでまだ箱の中にしまっている。しかし、すでに使い始めたくなって、うずうずしている。

もうひとつの世界 公開しました。

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電子書籍「もうひとつの世界」公開しました。 3.11の震災から1年と1ヶ月間、twitterにツイートしたものに写真を加えて、一冊にまとめたものです。 ぜひ読んでみてください。 そして、何か気になる言葉などが見つかりましたら、教えていただけるとうれしいです。 こちら ↓ 「もうひとつの世界 2011.3.11 - 2012.4.30

知的財産管理技能試験(3級) 合格。

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知的財産管理技能試験(3級)に合格した。 この検定試験は、知り合いに教えてもらって「おもしろそうだな」と受験してみたのだけど、思いのほか勉強も楽しく試験勉強というよりは、興味のある資料を読み込んでいくような感じで、淡々と勉強することができた。 試験勉強を通して、特許権、実用新案 権 、意匠 権 、商標権、そして著作権と、わりと目にする機会が多いけれども、きちんとは理解できてはいないこれらの法について、基本的な事項を一気に勉強することができたのは、とてもよかったと思う。今、自分に必要な知識だったな、と考えている。 法律関係の試験、と聞くと尻込みする方もいるかもしれないけれど、3級の場合は基本問題の語句を問われる問題が中心なので、専門的な知識というよりは浅く広くという感じなので、難易度は高くないと感じました。とりわけ、 コンテンツ制作に関わっている方は、一度勉強しておくと良いかもしれません。 ちなみに自分の場合は、市販のテキストを一冊購入して、空き時間に2〜3回ほど繰り返して試験に臨みました。それでも十分に合格点に達することができたので(学科試験はマークシート。実技試験は筆記ですが、一部語句を記入する程度で論述形式のものはなし。2012年現在)久しぶりに、試験のドキドキ感を味わいたい方にもオススメだと思います。ひさしぶりに、受験生の気分を味わいました。

「絆」ステッカー

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埼玉県の『手描き看板職人』上久保さんから、震災の応援にとステッカーを送っていただいた。届いたステッカーには、大きく「絆」の一文字。シンプルだけど、力強いパワーが込められたステッカーだと思った。じっと見ていると、胸のあたりが温かくなるようなステッカーだと思った。 上久保さんとは、ホームページの作成がご縁となり、それから、おつきあいをさせていただいているのだけど、30年のベテラン職人でありながら、このような細やかな気配りをして下さる、とても頼もしい方だ。30年もの間、ひとつの仕事を貫くというのは、技術があることはもちろん、精神的な豊かさがないと、乗り越えてはいけないのだろうな、とつくづく感じる。自分も、もっと勉強して強く豊かにならなければいけないな、と思う。 さっそく、このステッカーが届いた当日に、車の後ろに貼った。きっと、このステッカーを目にした方は「絆か・・・」と、人と人がつながることの、ありがたさや温かさを感じてくれるのではないかと思うし、そんな絆の輪が広がっていくことができたのなら、きっと何でもできるのではないかと思う。 手描き看板職人 ロゴス 上久保様のホームページは、こちら >>>

ナンバ−2。

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最近、あらためて気が付いたのだが、どうやら自分は「ナンバ−2」が好きらしい。正確に書くと、ナンバ−2の位置づけにあるものが好きだということに、気が付いた。 もっと、正確に言ってしまうと「ナンバー1」というだけで、それに興味を失ってしまう場合さえ、あると言うことに気が付いてしまったのだ。 なぜ、自分は「ナンバー2」が好きなのか? 特に「人と同じものが、嫌い」と、いうわけではないと思う。人と同じである、という安心感も否定するわけではないし、そのような理由で選ぶことないわけではない。 では、なぜなのか? 根本的な部分から考えてみれば、多くの場合「ナンバー1」と「ナンバー2」の間には、さほど大きな差がないことが多いように感じる。つまり、どちらを選んでもそんなに差がない訳だから、ただなんとなく選んだ場合は、「ナンバー1」を選ぶ時もあれば「ナンバー2」を選ぶ時も、あるはずだ。その日の気分で、両者を行ったりきたりすることも、あるはずだ。目の前で「ナンバー1」を選んでいる人を見れば、自然に、そちらを選んでしまうことも、あるはずだ。 それでも、頑なに「2」を選ぶということは、自分の強い意志で「2だけ」を選んでいるということになる。もしかしたら「1」を選んだ方が、色々な意味で有利になる場合があるかもしれないのに、わざわざ「2」を選んでいるという段階で、何らかの意思が働いているということだ。 それは何なのか? さらに考えてみるに「2」を選ぶ(選び続ける)ということは、しかるべき自分なりの理由を考えなければいけない、ということに気が付く。例え目の前に「1」があって、入手しやすかったり、価格が安かったり、「1」というブランドイメージや、よりたくさんの人が集まるというエネルギーを感じたとしても、あえてそれを無視して「2」を選ぶということは、自分の中で何かしらの「2を選ぶ理由」を考えていると、いうことだろう。 そう、だんだんわかってきた。自分が「2」を選ぶといことは「何かを選ぶ時は、理由を持って選びたい」という気持ちの表れではないかということだ。もちろん「1」を選ぶ時にも、理由は考える。しかし、あえて、「2」を選ぶという、この「あえて」の部分に、強い意志や理由が必要になってくるわけだ。みんなに「別に、1でいいじゃん」と、言われたとしても、あえてそこで「いや、自分は2を選ぶ。なぜなら・・・」と、逆

FP3級 合格証書

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FP3級の合格証書が自宅に届いた。事前に、webの合格発表で確認はしていたものの、実際に証書を見てみて、ようやく「合格したんだな」と実感がわいてきた。やはり、このようなものは「デジタル」よりも「紙」のほうが、いいかもしれない。 FPの資格試験は、ひょんなことがきっかけで、挑戦することになり、今回の合格に辿り着いたわけだけど、ひさしぶりの「試験会場」の雰囲気は、身が引き締まったというか、独特の緊張感があって、なかなか楽しかった。 1ヶ月くらい、わりと真面目に勉強して、その成果を、このわずか1時間の中で全部出し切らなければならないのだ、という試験ならではのプレッシャーは、普段使っていない脳が刺激されるような感覚があって、なかなか心地よいものだ。試験前のプレッシャーと、試験後の開放感、そして、合格発表を見る時のドキドキ感は、1年に1回くらいは、味わってみてもいいかなと思ったりする。 さらに、今回気がついたことは、FP3級の試験は「学科」と「実技」の2種類の試験科目があるのだが(両方とも、マークシート形式)自分の正答率が、両方とも80%だったということ。つまり、自分の試験勉強は、無意識のうちに「80%」くらいの学習量をこなしている、ということなのかもしれない。合格点は60%だから、70%の勉強量だと不安だし、90%までは必要ない。その中間の80%くらいまでは、やっておこう、という自分の無意識の心理が見えてくるようで、自分のことながら、なんだか可笑しくなった。 とにもかくにも、合格おめでとう(←自分)。今日は、祝杯だ。

取材を、うけました。

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昨日、ある取材を受けてきた。 秋頃に開催されるセミナーで、講師をやってほしい、という内容で、セミナーの内容や、目的などを話していただいてから、講師プロフィールの内容をインタビューされる、といった流れだった。 通常の取材と異なることは、依頼をしてきた方が「一般の方」だったということ。つまり、自分達のサークルの活動(非営利)として、初めてセミナーを開催する、ということで、すべてが手探りの状態だった。 そんなわけで、案の定というか、当然の流れというか、純粋なインタビューというよりは「イベント企画のアドバイス」をしている時間の方が長くなってしまった。気がつくと、かなり熱心に話しこんでしまい、ちょっとした企画会議のような感じになってしまっていた。 担当の方(2名)は、両名とも熱心な方で、自分が話した内容をメモしたり、その場で考えたりしていて「よいイベントにしよう」という気持ちが感じられた。成長しようとか、もっと良いものを作ろう、という雰囲気が伝わってくるのは、楽しいものだ。「資金はないけれど、その分、動き回ってがんばります」という心構えにも、共感できたので、できる範囲でサポートさせていただくことにした。 セミナーのテーマが「教育」に関するものということもあり、ぜひ「盛り上げて」いただきたいと、思う。詳細が決まり次第、告知をしていこうと思うので、興味がある方は、お楽しみに。

ホームページをメンテナンスする。

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ここ一週間かけて、ホームページのメンテナンスを行った。 こちら メンテナンスなので、見た目の変化はほとんどないし、常連の方にも気がついては、いただけないと思うけれど、このような定期的な確認と修正は、なによりも大切なことだと、自分は考えている。見てわからないくらいの、微妙な変更の積み重ねが、大きな変化を呼び込むと考えている。 今回は、コンテンツ(無料web講座)の文章を読み直して、修正を行う事をメインにしたのだが、数年前に、自分が書いた文章を読み返してみると、大きく破綻していたり、ズレが生じているところも多々あるけれど、時として「うん、こいつ、なかなかがんばっている」と感じるものもあったりして、当時の自分を応援したくなったりする(笑) このwebを制作したのは、約6〜7年前(記憶が曖昧だ)なのだけど、基本の部分は変わっていないし、このままで大丈夫だと考えている。ただし、常に何か「おもしろい」ものを加えていきたいので、メンテナンスが終了した段階で、新しいエッセンスを一滴落としてみたいと考えている。 ちなみに、ここ2年くらいは「ムービー&写真作成」が、自分の中での流行だった。さて次は何に挑戦してみようか。 伝わる文章講座 オフィシャル

起業して、経営して、30年継続するコツとは?

先日、クライアントの、社長の奥様(70代のとても、魅力的な方です)と、食事をしながら、お話をさせていただきました。ここぞ! とばかりに、私は「起業して、成功する秘訣を教えてください」と、お願いしました。なにせ、その方の会社は、30年以上継続して、利益を上げ続けてきた、という、 起業家にとっては、まさに「知恵の宝庫」のような方。  「そんなの、わかりませんよ」 と、上品にあしらわれましたが、そこであきらめる、私ではありません(笑)しつこく質問したところ、  「最後は、社長の人柄ですよね」 とのこと。一時的に、利益を上げて発展したとしても、仕事に対する、考え方や、お客さんとの向き合い方がまずいことで、結局、ダメになってしまった会社を、いくつも見てきたそうです。さらに、 「よい経営者のところには、よい社員が集まります。そして、その方達も次世代の経営者として、独立して、成功していく場合が多いですよ。よい人材が育っていくのですね」 とのこと。逆に、一時的に成功しても失敗する社長の所には、同じようなパターンを辿る、社員が集まりやすい、ということでした。奥様は、ニコニコと笑いながら、でも私は、うちの業界のことしか、知りませんから、と、控えめに、教えて下さいました。 私も、独立起業して、はや10年目。確かに、同じような道を辿ってしまった、経営者の方を見てきました。非常によくわかります。そのあたりを、ぜひ、もう少し詳しく聞きたいところ。もう、何もないですよ、とおっしゃる奥様に対し、私は、さらに質問を重ねました。すると、おもむろにポツリと、ひとこと。 「でも、運もありますよね・・・」 ああ、そうですか。やはり、それもありますか。では、どうやったら運を呼び込めるのですか? と、粘ってみたり「この人は成功する」と、会った瞬間に、わかるようなことはありますか?などと、さらにさらに、聞いてみました。 「面接の時などは、主人(社長)と同席していたのですが、選ぶ人は、たいてい同じでした」 そ、そこをぜひ。何がポイントなのでしょう? と質問すると、それは、ほんとうにわかりません、今度考えてみますよ、と、答えて下さいました。もしも、奥様から答えを教えていただくことが、できたのなら、お伝えしますので、お楽しみに。 きっと、無意識のうちに、判断の基準にされている部分が、あると思うのです。 最後

気がついたら10年目。

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今年の6月で、独立起業してから10年目になる。つまり、今が「9年と10月目」と、いうことだ。 あれ?9年だったかな。いや10年・・・もしかして11年目?などと、何度も確認してしまったくらい、あっという間の9年間だった。正直、3〜4年しか過ぎていないような、気さえする。大きく見積もっても、5年くらいの体感速度だ。 10年ひと昔、のような言い方もするけれど、本当に「何かひとくくり」のような気がしている。利潤の追求は、今ひとつだけど、技術的なものに関しては、今のレベル(環境)の中では、わりと磨けたのではないかと思う。 ここから、さらに上を目指すならば、今の環境では成長がないと思うし、ここから10年後を考えると、今、この段階から「新しい環境」へ踏み出しておかなければ、ならないと感じている。 独立して5〜6年目くらいの時は「独立しない方が良かったのか?普通に会社に勤めて、そこでがんばる方が、自分には合っているのではないか?」と、迷ったりもしたものだったが、今は「たぶん、もう一度10年前に戻ったとしても、同じ事に挑戦するだろう」と、考えている。あの苦しい状況を経験しなければならない、とわかっていても、結局、挑戦してしまうのではないか、と感じている。そして「最初の時よりは、すこしだけ上手に振る舞えるだろう」と、思ったりもしている。 10年目を迎えるにあたって、これからいくつか企画を考えているけれど、同時に、挑戦に向けての準備も行っていこうと思う。2つくらいを平行して取り組むのが、自分には合っていると思うので、どちらもじっくり考えて、しっかり取り組んでいきたい。 ユニクロの柳井会長も「結果的に安定成長はあり得るが、最初から安定成長を望んではいけない(成功は一日で捨て去れ)」と、書いているしな。とにかく大きな目標設定と、それにむけて必要なスキルを身につける。そして、ちいさな分野での成功体験を積み重ねていく。あの時こうすればよかった、などの気持ちが出るということは、あの時、しっかり考えていなかった、という「考えの浅かった自分」が、いたということだ。じっくり考えて、それがベストだと思ったら、真っ直ぐ実行する。必ず実行して経験にする。「もしも」の自分と比較しない。そして、