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小原温泉 岩風呂かつらの湯へ

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小原温泉 岩風呂 かつらの湯へ行ってきた。ここは、以前あるブログに書かれていたレポートを見てから、一度行ってみたいと思っていた温泉。 実は(と、いうことのほどでもないが)本当は、別の温泉へ行こうと思っていたのだが、そこは日帰り温泉ができる旅館が3時で終わってしまっていたため、仕方なく地図を見て辿り着いたところに「かつらの湯」があったといういきさつがある。 駐車場に車を止めて、設置されている看板を見たところ「おっ、こんなところに『かつらの湯』が」といった感じである。偶然というものは、時としてありがたいものだ。もしかしたら今日は、ここの温泉につかるために、最初の温泉で拒否されたのかもしれないな、とさえ思えてくる。目の前のできごとで、いちいち凹んではいけないのである。 ここの温泉の特色は、なんといっても「岩風呂」だ。岩風呂といっても、岩で括った風呂ということではなく、鍾乳洞のように階段で下に降りていった場所に湯船があるという、面白い造りになっている。入口から下の方を覗き込むと、数m下の方にお湯につかっている人の姿が見えるという、なかなか趣深い岩風呂なのである。 わりと急な階段を降りて、簡単に仕切られた脱衣所で服をぬぐ。湯舟はさほど大きくはない。7〜8人もはいれば、かなりきつい感じだ。ここは源泉からの湯をそのまま流しこみ、さらにその湯を川に流していくのだそうだ。なので、洗剤等は一切使えないことになっている。横においてあった桶を使って、じゃぶじゃぶと身体を洗ってから湯船につかる。見上げると、見事な岩肌がずっと上まで続いている。鍾乳洞の中で温泉にはいったら、こんな感じなのだろうなと思う。それでも、圧迫感や威圧感を感じないのは、温泉のあたたかさがあるからなのだろうか。しばらく、上の方を眺めながら、ぼーっとする。 岩の上の方に、植物が生えているのが見えた。少し遠くて形がよくわからなかったけれど、小さな花のようにも見える。よくもまあ、あんなところに、わざわざ、という気もするけれど、花は花で自分の意志であの場所を選んだ訳でもないだろうし、何かの偶然や必然であの場所になったのだろうけど、そのおかげでこうやって色々なことを考えることができたので、あの花の生命力には感謝したい。何を書いているか、よくわからないのは、そのくらいぼーっとした気分でのんびりできる場所だった、

いちご狩りへ行く。

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いちご狩りへ行ってきた。 今回行ったのは、宮城県 亘理町にある「 JAみやぎ亘理吉田観光いちご園」。 仙台市内からは、車で約1時間といったところ。天気もよく、ドライブがてら行ってみることにした。 ちなみに自分は「いちご狩り」に参加するのは初めてだ。と、いうよりも「狩り」に参加するのが初めてだ。子供の頃に連れていってもらった記憶もないし、何かの行事で参加したこともないので、色々な意味で初めての「狩り」ということになる。 ここまで書いていて、ふと思ったのだが「狩り」ってなんだか勇ましい言葉だなと感じた。長い槍を持って、うぉーっ、と雄叫びを上げながら突進していくイメージの言葉だが、今回の狩りのターゲットは「いちご」である。手のひらに乗るようなイチゴなのである。子供が「おいしー」とパクパク食べるイチゴなのである。まあ、そんなことを考えながら車で移動。到着。途中の4号線バイパスが混んでいたので、1時間20分くらいで到着。天気もよく、絶好の狩り日和だ。 受付で入園料を支払ってから( 1月15日~5月6日は1,500円(小3以下700円) 5月7日~6月中旬 1,300円(小3以下600円)で、30分食べ放題)ビニルハウスの中に入る。 中はとてもあたたかくて、ふわっ、とした空気が漂っている。訪問したのは4月の中旬だけど、長袖シャツ一枚でも心地良い感じだ。 思っていたよりも、中は広く開放感がある。最初のイメージでは、しゃがんで「狩る」のかと思っていたのだが、腰の高さよりやや上くらいの棚が設置されていて、そこにイチゴの苗が植えてある。自分が行った時は、他にも15人くらいのお客さんがいたけれど、開放感がある中で狩りをすることができた。 これが、イチゴの花だ。 白い花が咲き、緑の実が成り、赤く熟していくわけである。 ちいさなお子さんには「こんな風にして、イチゴができるんだよ」と勉強する、良い機会になることだろう。 実際に、家族連れの姿も多く、あちらこちらで「おなかいっぱーい」とか「おかーさーん。こっちー」とか「はい、両手にイチゴを持って。こっちを見て」とビデオ撮影をしている姿が見られた。中には、自分は全くイチゴを食べずに、お孫さんの後を追いかけて、写真を何枚も撮影しているお爺ちゃんもいた。なにはともあれ、いい光景である。休日である。あちこち駆け回

プリンターを買い替える(EPSON EP-704A)

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ここ数年使っていた、プリンターが壊れてしまった(Canon ip4500)電源が入らなくなり、完全にダメになってしまった。ここ4年ほどハードに使ってきたので「そろそろ壊れるかもしれないな」という、あまりうれしくない予感が的中してしまった。プリンターは商売道具のひとつなので、ないと困る。さっそく買いに出かけることにした。 最初は、前と同じ流れでCanonにしようと思いCanonのコーナーに行ってみたのだが、店頭にCanonの商品が極端に少ないように感じた。店員さんの話によると、タイの洪水で部品が確保できずに品薄状態が続いているとのこと。ようやく並び始めたが、まだ品薄の状況だということだった。なるほど。まだ洪水の影響は続いているということか。大きな被害があった洪水だから、現地では大変な状況なのだろう。 それを聞いて「では、今回はEPSONにしよう。一度使ってみたかったし」と、このEP-704Aにしたというわけだ。今回プリンターを選ぶ時に考えたことは「安いこと(消耗品とわりきる)」「ランニングコスト(月に1000枚近く印刷することも多い)」「レーベル印刷ができる(仕事で配布するCDに印刷)」の3つだ。この3つを店員さんに話して、教えてもらったのがこのEPSON EP-704Aだ。一番の決め手は「安かった」こと。自分は某家電量販店で購入したのだけど、1万1千円で購入した。コピー機能もついているし、理想通りの価格だった。ランニングコストは使ってみないとわからないが、話を聞いた感じでは劇的に安くも高くもならないような感じだった。この辺りは、また追記してみたいと思う。 購入後、Mac(Lion)に接続。インストールディスクを使って、特に問題なく認識した。プリントの速度も音も特に気にならない印象。なにせ、ほぼ1万円で購入できたのだから、文句は言えない。よい世の中だ。色調整をip4500で設定していたので、印刷物のトーンを修正するまでには、まだまだ時間がかかりそうだが、手間が必要そうだが、これはまあ仕方がない。少しずつ調整していこうと思う。 この写真は、ip4500とEP-704Aを並べてみたところ。すぐにわかると思うけれど、向かって左がip4500で右がEP-704Aだ。かなり大きさが違う。店頭で見た時は、こんなに大きいとは思わなかったが、自宅で見ると思って

ヴェネツィア展へ行く。

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宮城県美術館へ「ヴェネツィア展」を観に行ってきた。キャッチコピーは「魅惑の芸術・千年の都」。 千年の都・・・いい響きである。最近、百年とか千年とか、時間を積み重ねてきた存在に対して、とても惹かれるようになってきた。この現実世界、色々あるけれども、時間は努力だけではどうにもならない。どんなに望んでも願っても、1年は1年だし百年は百年である。伸びもしないが縮みもしない。佐藤は佐藤だし、鈴木は鈴木である(←深い意味なし) なので、目の前に展示されている美術品などを見ると(もちろんそれが美術品として優れているということもあるけれど)百年以上も前のものがこうやって展示されているというのは、これを大切に保管していた人がいるというわけで、その労力とか志のようなものにも、むむっ、と感じるものがあるわけである。なかには、当時の生活用品なども展示されていて、まさか自分が日常で使っていたモノがガラスケースに収まり、数万人の人たちからじっくりと眺められることになるなんて、どんな気持ちでいるだろうと想像すると、これもまた、むむっ、と感じるものがあるわけである。はたまた、これを海外から運んできた人達のことを考えると到着して開封し、中身を確認するまではさぞ・・・(以下略) そのようなことを考えながら、展示を見て回る。ヴェネツィアン・グラスを見ていた時に、横にやってきたご夫婦が「あ、これと同じものを・・・」「いや、それはこれのコピーだろ?」と、大きな声で話し始めた。どうやら同じようなデザインのグラスを所有されているのか、どこかで見たらしく、その時の思い出を話していた。60代くらいのご夫婦だと思うけれど、こうやって昔に見た作品を「あれは今から20年前に・・・」と話し合える相手がいるというのは、素敵なことだ。ここでもまた「積み重なった時間」のすばらしさを体験させてもらった。 ちなみに自分は、見た物や聞いたものを、わりとかたっぱしから忘れてしまう方だ。覚えているものは頑なまでに詳細まで覚えているのだけど、それ以外の多くのものはすぐに忘れてしまう。時々メモを読み返したりして「おお、自分はこのようなものを見て、こんなことを考えていたのか」と感じることも少なくない。たぶん、今、このようなことを書いているということもすっかりと忘れて、そのうち読み返して「おお」と思うことだろう。 今、ここまで

LaQを作ってみる。

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甥が誕生日にLaQというブロックをもらった、といって見せにきた。作ってみたいのだが、まだちいさくて(←年齢が)解説書を見てもわからない、一人では作れないというので、自分が作ってあげることにした。 最初は「ちょっとめんどうだな」と思っていたのだが、見本を見ながらつくっていくうちに、だんだんと楽しくなってきた。そういえば子供のころ、ブロックで遊んだな。あれはなかなか楽しかった、と思いながらパーツを組んで完成させた。この完成品を見本にして、余っているパーツで自分でも作ってみるように、と甥に言うと「むりだよー」と言っていたが、そのうちすぐにできるようになるだろう。 ふいに自分が子供の頃に遊んでいたブロックの事が気になり、ネットで検索しているうちに「 nanoblog 」というnanoblockのブログに掲載されていたコンテストの記事をみつけた。掲載されている作品をみると「なるほど、こうきたか!」というものがあって、見ていてとても楽しかった思わずニヤニヤとしてしまった。 ひとつひとつの作品に物語があって、動きがあって、作っていて楽しかっただろうなという感じが伝わってくる。思わず自分も作りたくなって、オンラインショップでブロックを購入してみようかと思ったのだけど止めておいた。そのうち甥が色々なものを作り始めるだろうから、時々貸してもらったりして自分も楽しませてもらおうと思っている。 でも、このタンタンの冒険とコラボした、ユニコーン号のブロックは、なかなか・・・。ちょっと作ってみたくなりますね。よくできてる。 ナノブロック TINTIN タンタンの冒険 ユニコーン号 TIN-04 nanoblock カワダナノブロック...

ラシーン タイヤ交換

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ラシーンのタイヤをスタッドレスからノーマルタイヤに交換した。 自分の場合は、毎年3月末にタイヤを交換するのだけど、この作業をする度に「もう春だな」という気分になる。そして、また次にスタッドレスに交換する頃には、何を考えて何をしているのだろう、とも思ったりする。 昨年の今頃は、震災の直後だったから、ライフラインがようやく回復したころ・・・いや、ガスはまだ回復していなかったか。電気と水は回復したけれど、ガソリンが全く手に入らなかった時期か・・・ほんの1年前のことだと言うのに、なんだかずっと過去のできごとのようだ。人間は、強烈に「思い出したくない」というできごとがあった場合は、忘れてしまうように脳が作用するという話を聞いたことがあるけれど、もしかするとそれなのかもしれない。単に、記憶力が悪くなっているだけかもしれない。 それはともかく、昨年は高速道路の無料化を活用して、地元の宮城はもちろん、青森・岩手・山形・福島と、東北をぐるりと回った。色々な場所へ行き、そこで起きていることをできるだけ見たいと思っていた。今年もまた色々なところへ行こう。そして、色々なものを見て色々なことを考えよう。タイヤ交換をしながら、そんなことを考えました。

ホームベーカリーでパンを焼く。

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自宅でホームベーカリーを購入したので、生まれて初めてパンを焼いてみることにした。生まれて初めてではあるが、初めてつくるのは基本(?)のパンではなく「米粉パン」だ。なぜ米粉パンかというと、どうせ初めて作るパンなら、ちょっと変わったのを作ってみたいと思ったからだ。ここまでの文章で「初めて」という言葉を5回も使った。この短い文の中に「初めて」という言葉を連続で使うのも初めてだと思う。これで7回。 さて、そんなこんなで下準備にはいる。まずは「米、強力粉、バター、砂糖、塩、イースト」などをレシピ通りに準備する。ここでのポイントは、しっかりと計量することである。レシピに5gとあったら5gなのである。「あれ? ちょっと多いか。まあいいや」ではなく、きっちり計量する。 こんなことを書くと、なんだか料理が得意そうだが、実はその逆で、料理はあまり得意ではない。得意ではないからこそ、きっちりと計測しているのだということを、アピールしてみた。 ちなみに、米は事前にお湯にひたして「ふやかしておくこと」という指示があったのだが、突然作りたくなったので、事前にひたしておいたのではなく、40分ほどひたしておいたものを使用したことを補足しておく。ひたしたお湯の温度も指定があったのだが、そのあたりは軽く目分量でこなしたことも書いておく。偉そうな事を言ったわりには、すでにこの段階で「レシピ通りではない」ということも、ここで告白しておく。 材料が用意できたなら、それを手順通りにホームベーカリーの容器の中に入れていく。ここで「イーストは強力粉以外には触れないように注意」という記載があり、このようなことを書かれると逆に「他のものに触れたのならどうなるのだろう」という気分になるが、ちょっと試してみようかという気分にもなるのだが、そこはあえてきちんと注意書きを守って、真ん中にくぼみを作りそこにイーストを置いておく。 特に問題点もなく、さくさくと作業は進む。あとは、これを本体にセットしてボタンを押すだけだ。しばらく、覗き窓から粉がこねられる様子を眺めていたのだが、あんなに単純な構造だというのに、うまい具合にこねるものだなと関心する。ぐおんぐおん、ぐにぐに、という感じで実にうまくかき混ぜたりこねたりしていく。「ちょっと、この部分をもう少しこねた方が」などと思っていると、そ