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【独学のすすめ】社会人になったら、勉強しよう

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すべり止めしか、合格できなかった・・・。 「今年で、独立起業して19年になります」というような話をすると「この人は、優秀な人なのだな。何か才能があったのだろう」と思われるかもしれません。しかし残念ながら、いろいろな所で話したり書いたりしていますけれども、私は決して エリートでも学歴があったわけでもなく、特別な才能に恵まれたわけでもありません。 集団行動も苦手なので、一番最後に登校して誰よりも早く下校するような、学校の先生からすれば扱いにくい生徒だったと思います。 そんな不真面目な生徒ですから、 高校受験も大学入試もことごとく失敗し両方とも滑り止めしか合格しませんでした。 学歴に関してはコンプレックスの塊のような学生時代だったのです。就職活動をする時も「こんな自分が、倍率の高い会社に就職できるわけがない」と考えていたので、挑戦するわけでもなく、適当に就職活動して採用されたところに勤めることにしたくらいです。おそらく、 この記事を読んでいる皆さんの方が、学校の勉強や成績は良かったと思います し、周りや先生からも期待を受けるような生徒だったのではないでしょうか。 社会人になってから「勉強の方法」が、わかるようになった。 そんな私が、ある程度仕事ができるようになったきっかけは 「社会人になってから勉強の方法が、わかるようになった」 からだと思います。そして「学ぶことのおもしろさ」を、ようやく体感できるように、なったからだと思うのです。 学校教育は、複数の科目を勉強しなければいけません。大量の情報を覚え、テスト会場で発揮できる人が評価されます。 地道なまじめさと、長時間の積み重ね学習が要求 されますから、自分のように気分にムラがあり、バイクを乗り回したり大音量でギターをかき鳴らすことが楽しかったような人間には、到底向いていません。 しかし社会人になってからは、自分の得意分野を徹底的に勉強することで、評価を得ることができます。「売り上げ」のように、明確なデータで自分が積み重なっていることを客観的に判断することができます。 一度失敗しても、もう一度勉強し直して挑戦することもできます。 「10回失敗」でも「1回成功」すれば「あの人は、できる!」と注目されます。20回失敗しても、2回成功すれば「あの人は、また成功した!」と言われたりもします。入試は一発勝負ですが、 人

【読書術】 良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなものである。(デカルト)

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「モーパサンは馬鹿ニ違ナイ。」 今からかれこれ10年以上前のことなのですが、地元の文学館で開かれた「夏目漱石展」で漱石の蔵書を見たことがありました。漱石は本を読みながら、余白に書き込みをする習慣があったのですが、その時展示されていた蔵書には漱石の筆跡で 「モーパサンは馬鹿ニ違ナイ。」 と書き込まれていたのでした。 批評というよりは、モーパッサンに喧嘩を売っているかのような漱石先生。よほど気に入らなかったのでしょうか。貴重な書籍に、そのようなことを書き込んでしまう漱石先生の様子を想像すると、どこか滑稽にも見えてその資料見ながら思わず笑ってしまったことを覚えています。 哲学者のデカルト曰く、  良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなものである。 (ルネ・デカルト 方法序説より)   という一文があるのですが、まさに漱石先生は、 読書をしながら作者と会話をしていたのではないか と想像します。そして「馬鹿ニ違ナイ」と考えていたことを、そのまま書き込んでしまったのではないかと思うのです。 作者と会話をする「読書」 私もこの漱石先生の書き込みを見てから、読書をする時はペンを持って、 アンダーラインを引いたり、自分の考えを書き込んだりしながら読んでみる ようにしてみました。この方法ですと、読書のスピードは格段に遅くなるのですが、その分じっくりと読み込んだ気分になりますし、作者と会話しているかのような気分にもなります。 さらに、数年後に同じ本を読み返した時、 当時の自分の考えなどを思い出したり して「当時のオレは、こんなことを考えていたのか?」などと、懐かしいような恥ずかしいような気分になるのも、なかなか面白いものです。 皆さんも「しっかりと読み込んでみたい」と感じる本と出会えた時は、漱石先生のように書き込みながら読み込んでみると、何か新しい発見があるかもしれません。試してみてください。 〰関連 「人生哲学」に関する記事 「読書」に関する記事 ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬筆者: 佐藤のtwitter ☈ 佐藤のYoutubeチャンネル「佐藤ゼミ」

【読書】決して読まないのに多くの本を所有したがるのは……【ヘンリー・ピーチャムの言葉】より

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子供のころは「本屋さん」に、なりたかった。 皆さんは、子供の頃になりたかった職業は何でしたか?  小学生の頃の私は 「本屋さんになりたい」 と思っていました。なぜそう思ったかというと、近所に小さな本屋さんがあったのですが、そこへ行くと店主らしき人がいつもカウンターの横にある椅子に座って本を読んでいたのですね。 その頃の私は 「もっと本が読みたい。好きなだけ本を買いたい!」 と熱烈に思っていたのですが、小学生のこづかいでは月に一冊買うのがやっと。当時の私は、店内にある本は全部お店の人のだと思っていたので、本をたくさん持っていていいなあ、うらやましい。大人になったら、このような仕事がしたい、と思っていたわけです。 読まない本が、山積みになっていく。 社会人になると、少しだけお金に余裕が出てきました。私は週末になると帰宅時に書店に寄り、気になる本を数冊買って帰るのが習慣になりました。書店に並んでいる表紙を眺めながら 「土曜の夜にはこれを読もう」などと考えながら本を選ぶ時間は楽しいもの です。しかも、数冊くらいならば購入できる余裕もあります。私は選んだ本を抱えながら、ほくほくした気分で家に向かうのでした。 ところが、本を買ったはいいけれど、実際にはなかなか読む時間がないんですね。気がつくと、私の部屋には 未読の本が山積みになっていました。 その当時は実家にいたので、親からは床が抜けるからなんとかしなさいと怒られる。それでも本を買う事は止められず、未読の本が壁になっていく。しまいには、同じ本を2冊買ってしまう。そんな時間が続いていたんですね。 趣味「読書」ではなく「本を買うこと」!? そして、ある時私は「もしかして自分は、読書が好きなのではなく、本を買うことが好きなのではないか?」と気がつきました。趣味は「読書」ではなく「本を買うこと」ではないのか? ヘンリー・ピーチャムの著作の中に、 決して読まないのに多くの本を所有したがるのは、 寝ている間も蝋燭をつけておきたがる子供のようなものだ (ヘンリー・ピーチャム「完全なるジェントルマン」より) という一文があるのですが、まさにこれだ、と。自分は「蝋燭をつけておきたい子供」だ。買うことで満足してしまっている。 読みもせず、部屋に帰って山積みにした段階で目的を達した気分 になっている。まさにこの状況になってしま

「ネタ」の情報源は、過去の記憶にあり。

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私の「情報収拾」の方法とは? 私の講義を受講した生徒の皆さんから 「よくネタが続きますね。どうやって探すのですか」とか「先生は忙しそうに見えるのに、どのようにして勉強しているのですか」 と質問を受けることがあります。 おそらく、このような質問される人は「何か特別な勉強方法」や「情報収集の仕方」があるのではないか、と考えていると思うのですが、 残念ながら特別なことをしているわけではありません 。 ネタが尽きるか、私の寿命が尽きるか。 例えば「読書」に関する話題でしたら、 子供の頃からずっと読んでいた本を順番に紹介しているだけ なのです。昔の記憶をたどり、そこに今自分が何を考えているかを考察し付け加えたりしたことを、書いたり話してるだけなんですね。 子供のころから40年以上もコツコツと本を読んできたわけですから、当分の間は「ネタ」は尽きないでしょう。そしてネタが尽きる前に、私の寿命の方が尽きてしまう可能性も否定できません(笑)  【スタインベック】の言葉 スタインベック【ジョン・スタインベック(1902-1968)】というアメリカの作家がいますが、この作家の言葉を借りるのであれば、 「天才とは、蝶を追っていつの間にか山頂に登っている少年である」 といった感じでしょうか。もちろん私は天才でもないし、山頂まで登ったわけではありませんが 「子供の頃に夢中になっていた世界をずっと追いかけていたら、それなりに積み重なっていた」 ということだと思います。そして 誰しも「そのような分野」がある と思うのです。ただ忘れてしまっているだけだと思うのですね。 もしも皆さんが、これから情報発信をしようと考えているならば「あたらしく勉強して身につけたことを発信する」という方向だけではなく、 「今まで自分が積み重ねてきたものを整理して表現してみる」 という方向も、楽しいのではないかと思います。そのような作業を繰り返していくことで、新しいヒントが見つかるし、より奥深いものができるのではないかと思うのです。 【ラジオ版】「ネタ」の情報源は、過去の記憶にあり。 〰関連 「人生哲学」に関する記事 「読書」に関する記事 ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬筆者: 佐藤のtwitter ☈ 佐藤のYoutubeチャンネル「佐藤ゼミ」

文豪のラブレター(斎藤茂吉)編

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文豪のラブレター(斎藤茂吉)編 【文豪のラブレター 3回目】1回目と2回目では、芥川龍之介と夏目漱石のラブレターを紹介しました。それぞれ、意外性がありつつも「まっすぐな気持ち」が伝わってくる、心温まる手紙でした。そして、今回ご紹介するのは斉藤茂吉のラブレターです。 ふさ子さん! ふさ子さんはなぜこんなにいい女体なのですか。何ともいえない、いい女体なのですか。どうか大切にして、無理してはいけないと思います。玉を大切にするやうにしたいのです。ふさ子さん。なぜそんなにいいのですか。(永井ふさ子宛の手紙より) こちらは、斎藤茂吉が永井ふさ子に宛てて書いた手紙です。この時、斉藤茂吉は52歳。お相手の永井ふさ子は24歳。「なぜこんなに」「なぜそんなに」と畳み掛けながら、若い女性を相手に身も心も魅了されている様子が伝わってきます。芥川龍之介や夏目漱石とは違った角度からの「まっすぐ」な気持ちが表現されている、印象的なラブレターだと思います。斎藤先生、さすがです…。 それにしても、このような手紙をもらった永井さんは、どのような返信をしたのでしょうか。気の利いた返信で、さらりとかわしたのでしょうか。手紙が資料として残っているということは、大切に保管していたのだと思いますが、このあと二人がどのような会話をしたのか気になります。ご存知の方がいらっしゃったら教えてください。 ☝(補足) 余談ですが、私は数年前に斎藤茂吉の出身地である山形県の「聴禽書屋」を訪問したことがあります。茂吉はここに戦後2年間ほど滞在したそうですが「聴禽書屋」という名称(聴禽=小鳥のさえずりを聴く)が、しっくりとくる和風建築の静かな趣のある場所でした。山形には「斎藤茂吉記念館」や生家などもありますが、興味がある方は「聴禽書屋」へも足を伸ばされることをおすすめします。 ☝(関連) ・ 文豪のラブレター(芥川龍之介)編 ・ 文豪のラブレター(夏目漱石)編 ・ 文豪のラブレター(太宰治)編 〰関連 「人生哲学」に関する記事 「読書」に関する記事 ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬筆者: 佐藤のtwitter 佐藤ゼミでは、 文学作品を通して「考えるヒント」 を提供していきます。夏目漱石・芥川龍之介・太宰治・宮沢賢治など、日本を代表する文豪の作品から海外文学まで、私(佐藤)が読んできた作品を取り上げて解説します。

「究極の愛のかたち」とは? 春琴抄「谷崎潤一郎」を読む

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「究極の愛」とは? 春琴抄「谷崎潤一郎」を読む 春琴抄を初めて読んだのは、高校生の時だったと思う。何かの書評に 「これぞ究極の愛のかたち」 というようなフレーズで紹介されていて、「究極の愛とは、どのようなものなのだろう?」と気になった私は、受験勉強の合間に読んでみることにしたのだった。 (春琴抄のあらすじ:春琴は顔にひどい火傷を負ってしまう。それを見ないようにするために、佐助は自分の目を針で刺して失明する) お師匠様お師匠様私にはお師匠様のお変りなされたお姿は見えませぬ今も見えておりますのは三十年来眼の底に沁みついたあのなつかしいお顔ばかりでござります(谷崎潤一郎 春琴抄より) 佐助の記憶の中には「なつかしいお顔」が永遠に存在する。これからどのようなことが起きたとしても、どんなに時間が過ぎたとしても「なつかしいお顔」のままである。それは佐助にとって「究極のよろこび」かもしれない。これが耽美派の世界なのか(耽美派:美を最上の価値とし、官能・享楽的な傾向を持つ作風)と。 そして「自分が同じ状況になったとしたならば、どうするだろう?」と考えてみた。視力を失う勇気はない。しかし、いざ、となれば……いや、やっぱりできない。では「視力を失いました」と嘘をつくのはどうだろう? 嘘をついたままで、今まで通りに世話をしていく。いや、もしも嘘がバレてしまった時は、さらに最悪の状況に追い込まれるだろう。しかし、どちらにしても佐助のような行動はできないな……。そんなことを考えたのだった。 自分には「できない」からこそ。 先日、春琴抄を読み返した。ここに書いたようなことをもう一度考えてみた。改めて、自分には佐助のような行動はできない、と思った。同時に、逆に自分が「春琴」の立場だったならば、「そんなことは、絶対やめるように」と言うだろう。春琴のように、 「よくも決心してくれました嬉しゅう思うぞえ(春琴抄より)」 といえるようなメンタリティは、今の自分にはない。いや、嬉しいと思う気持ちは湧き上がるかもしれないが、それも一瞬で「なんてことを、させてしまったのだ」と後悔に押しつぶされるだろう。自分を責め続けてしまうだろう。そして佐助を遠ざけてしまうかもしれない。 かくて佐助は晩年に及び嗣子も妻妾もなく門弟達に看護されつつ明治四十年十月十四日光誉春琴恵照禅定尼の祥月命日に八十

「心まで所有する事は誰にも出来ない。」夏目漱石「それから」を読む

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「僕は三千代さんを愛している」 「他の妻を愛する権利が君にあるか」 「仕方がない。三千代さんは公然君の所有だ。けれども物件じゃない人間だから、心まで所有する事は誰にも出来ない。」(夏目漱石「それから」より) 「それから」の主人公・代助は、友人である平岡の妻(三千代)を好きだったんですね。2人が結婚したあとも、ずっと心の中に三千代の姿があった。ところが、数年ぶりに再会した平岡と三千代は、仕事も家庭もうまくいってないように見えた。 そこで代助は、三千代に自分の気持ちを打ち明け、三千代も代助の気持ちを受け入れます。お互いの気持ちを確認した代助は、平岡に会いに行き、二人の関係を報告に行く。その時の会話の場面です。 「愛する権利」 「心まで所有する事は誰にも出来ない。」 この場面を境に、代助の人生には大きな変化が始まっていきます。「それから」の中でも、緊迫感のある名場面のひとつだと思います。 平岡への「共感」 私が初めて「それから」を読んだのは大学生の時でした。その時は「平岡は、もう三千代にに愛されていないのだから、潔く諦めた方が良いのではないか。夫の権利を振り回して、なんだかみっともない感じがする」と感じたことを覚えています。 しかし今回「それから」を読み返してみたところ、平岡の気持ちに共感している自分もいました。結婚するという事は、 覚悟や決意を決め実際に行動に移し、一緒に過ごしてきた時間 が存在するわけです。 確かに「心」は大切です。すべてはそこから発して、そこに戻ってくる。しかし「心」だけですべてを切り取るのも不自然だ。「夫の権利」という立場から、代助に対峙していく平岡の気持ちもわかるような気がしたわけです。そしてこれが、年齢を重ねながら小説を読んで行くおもしろさのひとつではないか、としみじみと感じたのでした。 明治から現代の私たちへ 夏目漱石の「それから」は、明治42年(1909年)に書かれた作品です。すでに100年以上の時間が経過しています。しかし今読み返してみても、 まるで現代の世の中を予見したかのようなテーマが扱われている ことに気がつきます。 自我(エゴ)、個人主義、社会との関わり、様々な視点から発見や考察ができる名作です。気になった人は、読んでみていただきたいと思い今回紹介してみました。 【佐藤ゼミ】夏目漱石「それから」を読む