2017年10月20日金曜日

はじめての奈良旅(6)春日大社で、万葉粥を。

春日大社へ行こう


東大寺から春日大社へ徒歩で向かう途中、閉店している店の中をドア越しに覗き込んでいる鹿がいた。それは「なんだ、まだ開いていないのか」とでも言いたげな仕草に見えた。その様子を見ていた外国人の方が、僕たちに話しかけてきた。よく聞き取れなかったので「何と言っていた?」と連れに確認すると「入ろうとしているね、と言っていた」とのこと。「聞き取れたんだ」「だって日本語だったよ」。

そう、僕は英語で話しかけられていると思い込んでいたので、自分の拙い語学力で聞き取ろうとしていたのだが、相手は日本語で話していたのだった。思い込みの恐ろしさよ。相手が日本語なのにこちらが中途半端な英語で答えていたら、だいぶ間抜けだったろう。Yes! とか、I think so. とか、適当なことを答えなくて良かった、などと考えながら歩く。


万葉粥とよもぎ団子



東大寺から10分ほども歩いたところで「春日荷茶屋」の前に到着した。ここは旅行前にガイドブックを見ていて気になっていた店。「もうすぐ昼だし、甘いものを少しだけ食べようか」と立ち寄ってみることにする。ところが、メニューの「大和名物膳(万葉粥、柿の葉すし、葛餅のセット)」を見ているうちに「万葉粥を食べてみたい。柿の葉すしと葛餅も」となり、せっかくなので春日荷茶屋」と「よもぎ団子」をひとつずつ頼んで、連れと二人で食べることにした。



うまい。春日大社の境内というシチュエーションと、午前中の静かな雰囲気の中で、おいしいものを少しずつ食べるという贅沢。若い時の体力まかせで強行突破の旅もおもしろかったけれど、こうやって、お茶がおいしく感じる旅、もいいものである。年齢を重ねるというのも、それはそれで悪くないものだ。そんなことを考えながら、外の景色を眺めたり雑談をしながら、ゆっくり過ごすことができた。うまかったです。



もう少しゆっくりとしていたいけれど、旅の時間には限りがある。店を出て、あらためて春日大社へと足を進めることにする。二之鳥居を過ぎたあたりから、参道は参拝客の姿で賑わいを見せてきた。ふと前方を見ると、石灯籠の間から鋭い視線を感じた。やや、あれは! 鋭くクールな視線で、こちらの様子を伺っている鹿と目が合う。「こいつは、せんべいを持っているのか? いないのか?」そう、僕たちはこうやって、彼らにしっかりと「観察」されているのである。



御蓋山浮雲峰を遙拝する


そんな鹿達の熱い視線を感じながら、石段を上がり南門をくぐると春日大社の境内に到着する。右手にある「特別参拝」へ向かい、受付を済ませて奥へと進んでいく。鮮やかな朱色の回廊を通り、多くの人達が寄進されてきた燈籠を眺めながら、ぐるりと回っていくと「御蓋山浮雲峰 遙拝所」に着く。手を合わせ遥拝している僕たちの横を、風がさわさわと横切っていく。ふと、今回はいい旅だったな、としみじみとした気分になってきた。まだ旅は終わっていないのだけど、今回の旅は、きっと最後まで気持ちよく過ごせるだろう。そんな気分になったのだった。


そして春日大社といえば「鹿みくじ」である。鹿が「どうぞ」と、おみくじをくわえて差し出してくれる様子が可愛らしい。ひとつひとつ少しずつ表情が違うので「さて、どの子にしよう」と選ぶのも楽しい。そして僕たちが奈良から仙台に連れてきたのは、この子でした。

参考:春日大社ホームページ

はじめての奈良旅(7)へすすむ 近日公開予定











2017年10月18日水曜日

はじめての奈良旅(5)東大寺へ行こう。

東大寺へ行こう


まだ9時を少し回ったばかりだというのに、東大寺の南大門へと続く道は多くの観光客で賑わっていた。海外からの団体客と思われるグループ、家族旅行、ひとり旅、様々な人達が連なって歩いていく。先ほどまでの落ち着いた雰囲気から一変して「日本を代表する観光地としての奈良」を体感する。


そしてたくさんの人達と一緒に進んでいく先にあるのは、東大寺南大門。ここには日本史の教科書にも登場する、あの仁王像がある。そう「金剛力士像」である。


阿吽の呼吸で、宇宙を完成させる



「迫力」とは、この像のためにある言葉なのではないか。そう感じるほどに、力強く堂々とした姿。学校の資料集の写真ではわからない大きさと存在感に、思わず笑顔になってしまう。この場合の笑顔とは、楽しいからではなく、呆気にとられて思わず破顔してしまった、というニュアンスである。僕の横に立ち、写真を撮影していた白髪の外国人観光客と、一瞬目が合った。お互いに、にっこりとする。たぶん、あの方も自分と同じ感覚になったのかもしれない。すごいね、と言葉は交わさなかったけれど、気持ちを共有できたような気分になれた。

ちなみに仁王像は「山口県で伐採された木材が、約1年程で搬送され、古文書の記述通り、ほぼ70日間で二体同時進行で、造像されたことも証明された。(東大寺ホームページより)」とのこと。70日間というのも短期間に感じるけど、二体同時進行ということは、当時の現場はさぞ活気があったのではないだろうか。「これは、そっちじゃない。こっちのそこに使うんだよ!」「こっちのそこって、どっちですか!」とかね。それとも、設計図を見ながら粛々と作業が進められたのだろうか。そんなことを想像しながら、南大門を後にし大仏殿へと向かう。


大仏殿で「奈良の大仏」へ参拝する。


「奈良の大仏」と耳にすると思い出すことがある。小学六年生の社会の授業の時の話である。担任の先生が「奈良の大仏の大きさを体感しよう」ということで、教室の壁にスライドで大仏の顔を実物大で写してくれたのだった。残念ながら当時の機材は性能があまり良くなく「なんだか、よくわかりません」という結果になってしまった事を覚えている。大仏は残念だったが、生徒のことを考えて色々と工夫をしてくれる、とても良い先生だった。小中高を通して「恩師」と呼べる先生は、このA先生だけかもしれない。と、少しノスタルジックな気分を漂わせつつ、仏像の前へと進む。

それにしても、大きい。もしかすると、この「大きさ」が最大のコンセプトだったではないだろうか。「像高 14.98m」ということは、マンションの階数だと4〜5階といったところだろうか? たぶん、この高さが重要だったのだろうと思う。もしかすると14.98mという微妙な数値にも意味があるのかもしれない。いつか機会があれば、くわしく学んでみたいと思いました。



そして、この大仏殿にて記憶に強く残ったのは建物の大きさだった。大仏像の高さが、台座も含めるとかなりの高さになるわけで、それをさらに上回る大きさが必要になるわけである。しかし、ただ大きな建物を作れば良いというわけではなく、しかるべき意匠もほどこさなければいけない。色々な意味で「命を注ぎ込む」ような作業だったのだろうな、と想像する。ましてや、作業が行われたのは近代ではなく数百年も昔の時代なのだから。僕たち現代人も、まだまだ限界は先にあることを肝に命じて仕事に取り組んでいきたい。未来を生きる人たちに「いい仕事だ!」と感嘆してもらえるような、いやせめて関心を持ってもらえるような仕事をしていきたい、としみじみ思いました。



2017年10月16日月曜日

はじめての奈良旅(4)鹿に「シカせんべい」を。

奈良のシカに鹿せんべいを


三日目の朝がきた。旅は、実際に旅をしている時間よりも計画や準備をしている時間の方が長い。今回の旅も、すでに折り返しを過ぎてしまった。奥の細道に「日々旅にして旅を栖とす」という一節があるけれど、将来は旅をしながら生活してみたいとも思う。そして、意外とそれは可能なのではないか、とも思っている。今後の目標のひとつとしたい。

さて、三日目の朝がきた。初日の夜は体調を崩し、今回はここで終了かとも感じたのだが、その後は何事もなく元気に過ごすことができている。荒天の予想だった天気予報も、小雨程度で済んでくれた。色々な意味で、ここまでは快調である。有難し。昨晩の宿は「近鉄奈良駅」から徒歩数分という好位置にあったので、ここから奈良公園までは、ほんの目と鼻の先。チェックアウトをして出発する。

宿を出て、朝の人気もまばらな道を歩く。まだ開店していない店も多い。ゆるやかな登りになっている道を歩いていると、足元に鹿の糞が転がっているのを見つけた。おお、いよいよ「奈良の鹿」に対面できる。にわかに気分が上がり、歩く速度が少しだけ早くなる。




野生動物としての、奈良の鹿


今回、奈良に来るまでは「鹿は、公園で管理され飼育されている」と思っていた。夜になったら寝る場所があり、朝になったら外に出されるような仕組みなのかと思っていた。ところが実際は「奈良公園に生息するシカは国の天然記念物に指定されている野生動物です。決して飼育されている動物ではありません。(参考:奈良県公式ホームページ)ということだった。そう、放し飼い以前に、野生の動物だったのだ。

さらに「奈良公園には広大なシバ地があり、シカはシバに強く依存している。その他ススキやイネ科植物などを食べて生活している。鹿せんべいはシカにとってはおやつです。(参考:奈良の鹿愛護会ホームページ)」とのこと。ずっと「鹿せんべい」が主食だと思い込んでいたのだが「おやつ」だったのだ。観光客が少ない時は、せんべいの量が少なくなって腹が減るだろうな、と思い込んでいたのは勘違いだったのだ。シカはシバを食べる。せんべいはおやつ。今回学んだ情報のひとつだった。



そんなことを考えつつ、歩いていると題目を唱える声が聞こえてきた。階段を上がると、静かに移動していく僧侶の姿が見えた。興福寺に到着した。少し早い時間帯のせいか、人の姿もまばらである。東金堂の拝観時間も9時からである。ここへは、ぐるりと回ってからまた戻ってくることにして、まずは奈良公園へ向かって歩いていくことにする。


そして、出会う。やあ、こんにちは。あなたが、僕にとって「はじめての奈良の鹿」です。こんにちはこんにちは。おそるおそる近づいて、写真を撮る。逃げはしないが、こちらに興味も示さない。興奮しているのは、人間だけである。「鹿せんべいは、どこで売っているのだ? はやく鹿せんべいをあげたい」と、普段は冷静さを装っている(?)くせに、鹿を目の前にして子供のようにわくわくしている自分に気がつく。



鹿せんべいを、めぐる攻防


周辺に「鹿せんべい」を販売しているところは見つからなかったので、過ぎ行く鹿を横目に、東大寺の方を目指して進む。10分ほども歩いたところで東大寺へと続く道へ到着した。そして「鹿せんべい」を販売しているところも発見した。連れが、さっそく買いに行き、せんべいを手にした途端、わらわらと周囲から鹿が集まってくる。そう、みんな知っているのだ。「この人は、今『せんべい』を買った。さあ、はやくおくれ」と。


上の写真は、うしろから「もっと、おくれ」と、鹿につつかれて驚いている筆者である。目は可愛いが、そこは野生動物。なかなかの迫力である。しかし、やはり可愛いので、思わず笑顔になってしまう。ふと昔自宅で一緒に暮らしていた犬のことを思い出す。あいつも、こんな風に食べ物をねだったよなあ、と懐かしくも温かい気持ちになる。

鹿たちは、一度せんべいをあげると「もっとあるよね?」と、ばかりに後をついてくるのだが「もうないよ」と両手を広げてみせると、ふーん、と他のところへ行ってしまう。しかし、袋の中に手をいれると、すすっ、と周囲から集まってくる。良く観察しているものだ、と関心する。


ちなみに「鹿せんべい」は、このような証紙に括られて販売されている。ひとつ150円。証紙には「このせんべい代は可愛いシカの保護にあてます」と印字されていた。ほんとうにわずかばかりでも、保護の役に立てるのはうれしい。そして、今回の奈良旅の目的のひとつだった「鹿に、鹿せんべいをあげる」も達成することができた。シカありがとう。

つづき はじめての奈良旅(5)東大寺へいこう


2017年10月14日土曜日

はじめての奈良旅(3)奈良市内に到着。二日目終了

奈良駅に到着



JR三輪駅から奈良駅まで移動。ここは乗り換えがないので、順調に移動して30分ほどで到着。改札口を出ると、僕たちのような大きな荷物を抱えた観光客と外国人の方たちが、行き交っているのが目にとまる。観光地に来たのだな、という気分になる。

この時点で時計は午後4時を回っていた。本日の宿は奈良市内のホテルなので、チェックインを済ませてしまうか、もう一箇所回るか考えたところ、連れが「前から気になっていた、くるみの木へ行きたい」というので、そこへ行ってみることにした。くるみの木へはバス移動になるので、奈良駅構内にあるバス案内所で行き方を相談する。

案内所で担当してくださった方が「くるみの木」を知っていたので、スムーズに確認することができた。合わせてバス料金がお得になるパスも教えてくれた。これは個人的な体験なのだけど、奈良の方たちは質問すると親切に教えてくださる方が多かったように感じる。親切に対応してもらえると、その場所の印象もよくなるし「来てよかったなあ」という気分にもなる。自分も地元で道を聞かれた時には、できるだけ丁寧に対応できるよう心がけたい、と改めて考える。ありがとうございました。


バスに乗って、くるみの木へ



教えていただいたバス停から、奈良交通のバスに乗り込み移動。特に迷うこともなく、くるみの木に到着した。木々に囲まれた外観。隅々にまで意識が配られた雰囲気。なるほど、女性が「行ってみたい」と感じる場所になっていることを実感する。

こちらでは、カフェと雑貨店が併設されているのだが、まず最初に雑貨店の方へと足を運ぶ。連れが店内をくまなく(?)眺めているのを横目でみながら、僕も気になったものを手にとってみる。以前、交流があった作家さんのものが並べられているのを見ると「おお、ここにも進出しているのか」と、なんとなくうれしい。自分も負けずに頑張ろうと思う(→このブログ作者への仕事の依頼はこちら)。連れが気になったものを選び出し、支払いを済ませたところでカフェの方へ移動する。


旅先で飲むコーヒーは格別である。普段はコーヒーに砂糖を入れないのだが、少し砂糖を加えて甘くして飲みたくなる。こちらでは、ハチミツがついてきたので、それを流し込んで飲んだ。うまい。ほっとする甘さだ。

そこでふと「カフェオレボウルは、どのように持つのが正しいのか?」という話になった。片手で持ち上げるのが普通だろうけど、女性には少し大きいから、お茶を飲むように両手で抱えるようにして飲むのがいいのではないか。しかし女性はそれでいいとして、男が両手で抱えて飲むと少し大げさに見えるのではないか。縁をつまんで持ち上げるという方法もあるけれど、しかしこれは不安定だ。指が入ってしまう危険性もある。などと、他の人が聞いたなら、どうでもいいと一蹴されそうなことを話しながら飲む。うまい。


正しいカフェオレボウルの持ち方、の結論は出なかったが、時間もそろそろいい頃合いなので、またバスに乗って今夜の宿がある奈良駅の方へと戻る。ところでみなさんは、旅先でバスに乗る度に「乗車方法」について迷ったりすることはないだろうか? 仙台市のバスは「後ろ乗り、前降り」なのだが、ここの地域も同じなのだろうか? 両替はどうするのだろうか? 何か独自のルールはあるのだろうか? と最初に乗る時に気になったりしないだろうか? 実際のところ、そこまで大きな違いを経験した事はないのだが、なにごとも「はじめて」は気になるものである。(今回利用した奈良交通バスは「後ろ乗り、前降り」でした)

宿の最寄りのバス停で降り、スマートフォンのマップを見ながら予約した宿に到着。チェックインを済ませて、部屋の中に荷物を置いてひと息つく。今回の宿は「夕食なし」なので、外に食事へ行くことにする。宿の受付の方が親切で話しやすい印象の方だったので、おすすめの店を相談したところ、近場の居酒屋を紹介してくれたのでそこへ行ってみることにした。


奈良で、居酒屋



すすめられた店は、すぐにわかった。店内はさほど広くはなく、カウンター店のテーブルが三卓だけのこじんまりとした感じだった。のぞきこんでみると、店内はすでに賑わって混雑していたのだが、幸いに一卓だけ二人がけのテーブルが空いていたので、そこに座ることができた。

店員さんに、おすすめの日本酒と料理を聞いて注文をする。ほどなくして運ばれてきた料理の盛りの良さにおどろく。こんなに食べられるかな? 調子にのって頼みすぎたか、と最初は思ったものの、塩梅がちょうどよくて、あっさりと完食してしまった。値段も手頃でありがたい。大きくなった腹をさすりながら宿へもどる。受付の方にお礼を言おうと思ったところ、カウンターにその方の姿はなかった。あらためてここで、おいしい店を教えてくれてありがとう、と心の中で感謝しておきたいと思う。

部屋へもどり、ふとんを敷き、明日行ってみたい場所を確認する。連れは「鹿に鹿せんべいをあげたい」と言う。確かにそれは奈良旅の醍醐味のひとつだろう。僕は行ってみたい場所がひとつあったので「そこ」へ行くことを提案する。さて「そこ」とは「どこ」だろうか。

【はじめての奈良旅 二日目の行程】
堺 → 長谷寺 → 森正で食事 → 大神神社 → くるみの木 → 居酒屋 → 宿へ










2017年10月12日木曜日

はじめての奈良旅(2)大神神社へ

一日目 長谷寺 → 大神神社

長谷寺から大神神社までは電車で移動する。ルートとしては、

近鉄大阪線「長谷寺駅」→「桜井駅」下車 → JR「桜井駅」→「三輪駅」

という、数駅移動して、乗り換え一回のみのシンプルなもの。ところが電車の本数が少ないため、1時間ほどかかってしまった。長谷寺の門前町で買い物をした際、店の人から「ここから大神神社へ行くなら、電車の本数が少ないからタクシーの方が早くて便利かもしれませんよ」とアドバイスいただいたのだが、確かにそうかもしれない。近鉄線は1時間に1本の時間帯もあるので、3〜4人で移動するならタクシーも検討してみるのもよろしいかと思います。


少々、時間はかかってしまったけれど、無事に「三輪駅」へ到着。ちょうど午後の1時になったところだったので、参拝の前に食事をすることにする。やはり三輪といえば「そうめん」である。いそいそと「森正」さんへと向かう。注文したのは、にうめん(温かいそうめん)と、柿の葉寿司のセット。葉の箸置きが、とてもいい感じだ。


うまい。もしも近所にこの店があったならば、定期的に通いたい。するするやさしく、飲み込むように食べられる。柿の葉寿司は、差し入れなどでいただくこともあるのだけど、やはり旅先で食べる美味しさにはかなわない。うまい。3個のセットだったけれど、あと3個は食べられる。長谷寺では心が満たされて、森正さんでは身体が満たされた。ありがとうございます。と、ひと息ついてから、いよいよ大神神社へと参拝へ足を進めることにする。

三輪明神 大神神社へ



大神神社には本殿が設けられていない。奥に鎮まる「三輪山」がご神体なので、そちらに向かって拝するという神社である。高校生の時に「大神神社は、山そのものが神様」と、何かの本で目にしてから「一度、ご参拝したい」と考えていた神社。その時から20年以上もの時間が過ぎて、今回ようやく参拝させていただくことができる。

小雨が落ちる初秋の静かな山道を踏みしめながら、参道を進む。緑と涼やかな空気を見上げるようにして歩いていくと、堂々とした拝殿が目の前に表れてくる。訪れる参拝者を正面からどっしりと受け止めてくれているような、頼もしさを感じる拝殿だと思った。本日、何度目かの「来てよかった」を噛み締めながら、参集殿へ向かい祈祷を申し込むことにする。



大神神社で、祈祷を申し込む


大神神社で、祈祷を申し込むと首にかける「タスキ」を渡される。これが礼装の代わりになるというわけだ。さっそくかけてみると、背筋が伸びるような感じになる。なんとなくうれしい。タスキをかけて待合室へ向かう途中、廊下ですれ違った神職の方に「もうしばらく、お待ちください」と、ていねいに声をかけていただいた。


雨で濡れたよれよれのシャツで申し訳ないです、と思いながら待合室に座って祈祷の順番を待つことにする。ほどなくして、名前が呼ばれ祈祷が始まる。朗々と響く祝詞の声。巫女の鈴の音。祈祷を受ける度に思うのだが「鈴の音」を聞いていると、森の中を散策している時のような、すっきりとした気分になる。小学生の社会の時間に「本居宣長は鈴の音が好きで、リラックスするために良く鳴らして聞いていた」と資料で目にしたけれど、確かに鈴の音にはずっと聞いていたくなる響きがあると思う。

大神神社の場合、このあと拝殿へ移動して「金弊」という御弊を神前に供えさせていただくことができる。今まで、いくつか祈祷を申し込んできたけれど「金弊」を供えるのは初めてだったので、少々緊張しつつもうれしかった。普段は信仰心の薄い行動しかしない僕でも、自然と頭が深々と下がる。有難し。


祈祷がおわり、次に向かったのは境内にある「薬井戸」。ここでは万病に効くという、ご神水を汲めるというので、昨晩のこともあるので向かってみることにしたのだ。境内を歩くこと数分。案内板に従った向かった先には・・・、



このような表現が正しいかどうかはわからないけれど、なんとも愉快な風情の井戸が待っていてくれた。じっと見ていると、ハチマキをした丸顔の人にも見えてくる。思わず笑顔になりながら、水をいただいた。これでもう大丈夫だ。

この段階で、時計の針は午後の3時を回っていた。もう少し、じっくりと境内を散策してみたかったのだけど、次の予定を考えるとそろそろ移動を考えなければいけない。今度は、三輪山へ登拝したい。また新しい目標ができた。