2017年12月6日水曜日

キーレスの電池を交換する。

キーレスのボタンを押しても反応がにぶくなってきたので、電池を交換することにした。今回交換するのは、日産のキーレス。今、なんとなくキーレスと書いたけれど、正式名称が気になったので調べてみた。どうやら、キーレスとかリモコンキーなどと呼ぶらしい。もしかしたら間違っているかもしれないが、今回は「キーレス」で統一しておきたい。

交換する電池は、リチウムコイン電池の「CR1620 3V」というもの。いわゆるボタン型電池と、いうやつである。ネットで1個200円ほどで購入した。ダイソーなどでも同じようなボタン型電池が販売されてはいるけれど、品番が違うと使用できないので注意しよう。「大きさも同じくらいだし大丈夫だろう」と思っても、ダメなものはダメなのである。それでも使いたい人は自己責任で挑戦していただきたい。



交換の手順は、極めてシンプル。小さなネジを取り、隙間にマイナスドライバーを押し込んで外すだけ。むやみに力を入れて、キー本体を壊したりしないように気をつけよう。古くなったネジ山は、錆びてなめりやすくなっているので注意が必要だ。何事も、過ぎたるは及ばざるが如し、である。また、今回のキーに使用されていたネジは一本だったので楽だったが、以前使用していたキーレスは三本のネジで固定されていた。しかも、一本一本、長さが異なっていた。複数のネジで固定されているタイプの場合は、位置を間違わないように確認しながら進めていくと良いかと思われます。


筆者は、このような基盤を見ると「おお・・・」と、なんとなく嬉しくなってしまうタイプである。理屈はよくわからないのだが、なんだかすごいなあ、と見た目で喜んでしまう。ちなみに筆者は、こてこての文系(日本文学専攻)なので仕組み等はわからない。ただ見た目で、いいなあ、と思うだけなので詳しいことは質問されても答えられないので悪しからず。


電池を交換したら、あとは元どおりにしてネジで止めるだけ。今回使用したのは、プラスとマイナスの小型ドライバー。所用時間は5分前後。そう、作業自体は5分程度で終わったのに、この記事を書くのにはその数倍の時間がかかってしまった。途中で気がついて、なんだか無駄なことをしているような気分になったのだが、結局最後まで書くことにした。これから電池を交換する人の、目安にしていただけたら幸い。

2017年11月22日水曜日

はじめての奈良旅(最終回 さらば奈良)

電車での移動は順調だった。特に混雑も遅延もなく、予定通りの所有時間で目的地に着いた。車内の人たちも平常のようにみえた。向かいの席に座っていた高校生が、スマートフォンを見ながら電車の乗り換えについて相談していた。こちらの方が早い、いやこの方が乗り換えが少ない、奈良で鹿が見たかったなあ、意外と奈良って遠いよな、などと話しているのが聞こえてきた。

ところが宿に到着したあたりから、外の気配が怪しくなってきた。テレビで天気予報を確認すると、夜から朝にかけて台風がこの地域を通過する予想とのこと。その予想を裏付けるかのように、窓を叩く強い雨の音が聞こえてくる。ガタガタカタカタと、窓が鳴る。どんどん風と雨が強くなってきているのが感じられる。交通機関にも影響が出ていて、遅延や運休に関する情報が更新される。各地で台風による被害が出ているというニュースを見るにつけ、どうやら状況は芳しくない方向へ進んでいくように思われた。

スマートフォンで空港までのルートを確認する。飛行場へ向かう電車が運休中と表示された。飛行機の日程を確認すると、すでに運休が決まった路線もある。僕たちが利用する、大阪ー仙台線は今のところフライトの予定になっているけれど、朝になってみないと確定はできないだろう。テレビの画面に映し出される台風の渦は、予想のルートを北上していく。急に方向を変更して太平洋側へ逸れないかとの願いもむなしく、まるで日本列島をトレースするかのように進んでいく。

連れが明日の午後から仙台で予定が入っているため、朝一番の飛行機に乗らないと間に合わない。飛行機が運休になった時のことを考えて、新幹線で移動になった時のプランをシュミレーションしておく。朝一番で新幹線に切り替えたならば、ぎりぎりで予定の時間に間に合いそうだ。こんな時は、最悪の状況を想定して準備をしておけばなんとかなる。前に旅をした時に「お客様の予約はキャンセルになっています」と受付で言われた時に比べたら、全然余裕がある(先方の確認ミスだったので、泊まることができた)。深夜に車で峠道を走行していた際に、マフラーが折れて立ち往生した時の悲壮感に比べたら…いや、あの時は悲壮感というよりは笑うしかなかったが……まだまだリカバリーが効く。

どちらにせよ明日の朝になってみないことには、どうにもならない。まずは風呂に入り、コーヒーを飲み、テレビで天気予報などを眺めながら時間を過ごす。夜の11時を回ったあたりで、他の部屋の宿泊客が慌ただしくチェックインしてくる音が聞こえた。雨で電車が遅れたようだ。あーよかった、早く風呂に入ってしまおう、などと話している声が聞こえてくる。今回宿泊した宿は、昔ながらの旅館で壁が薄いので隣の部屋の会話が聞こえてくる。なんだか学生時代の友人のアパートに来たような気分になる。

ちなみに、この宿の間取りは独特の形をしていたので、ここで触れておきたい。僕たちが通された部屋は長方形ではなく、三角形のような形になっていた。変形八畳の和室ということになるのだろうか。しかし、八畳もあるのに布団を並べて敷くことができないという、なかなか面白い形をしているのだった。畳の形もなかなかに絶妙で、角の部分などは職人の技術が感じられる見事な納まりになっていた。





わりと僕は、このような部屋が嫌いではない。もしも学生時代に、この部屋を見つけていたのならばかなり興味を持ったと思う。「部屋の形がすこしあれだけど、その分家賃が少し安くなるから」などと言ってもらえたのなら「借ります」と即決したかもしれない。友人が遊びにくる度に「この角の台形をした畳が気に入って借りたんだ」と、わかったようなわからないようなことを説明してみせたかもしれない。


そんなことを考えながら、三角形の部屋に布団を敷き横になる。窓はガタガタ言う。外を走る車の音から察するに、強めの雨も降ってきたようだ。ひとまず寝よう。明日は早めに起きよう。天気のように、どうにもならないことは寝て起きてから様子を見るしかない。



朝になった。外を見ると風は止まっていた。雨も降っていない。スマートフォンで航空会社のホームページを確認すると「条件付き飛行」と表示されている。つまり「一応飛ぶ予定ではあるけれども天候が悪ければ引き返すかもしれません」といったようなことが書かれているわけだ。しかしまあ欠航にならなくてよかった。電車も運行しているようなので、まずは空港に向かうことにする。チェックアウトの後、宿の方と空を見上げながら、「これなら飛行機は飛びますかね」「飛ぶといいですね」「お世話になりました」「ではお気をつけて」と会話を交わす。

電車に乗り関西国際空港へ到着する。控え室やソファーなどで眠っている人の姿が目につく。昨日運休になって飛行機が飛ばなかった人達だろうか? それとも空港に到着するのが遅れて最終便に乗れなかった人たちだろうか。周囲に疲労感のようなものが漂っているような気配がする。さて、自分たちの便は順調に飛ぶのだろうか。途中でひどく揺れたりしないだろうか、と飛行機嫌いの自分は無駄に緊張感を漂わせながら搭乗口へと向かった。

心配は杞憂に終わった。空は晴れ安定した飛行だった。仙台空港へも雨も風もなく穏やかに着陸した。見慣れた仙台空港の文字を見て、ほっとすると同時に、今回の旅も終わったなとしみじみとした。(はじめての奈良旅 おわり)












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2017年11月21日火曜日

はじめての奈良旅(8)ならまち散策

ならまちへ、移動する

志賀直哉旧居をあとにして、次は「ならまち」へと向かう。当初の予定ではバスを利用しようと考えていたのだが、今ひとつ適切なバスルートがよくわからなかった。きちんと調べれば見つかったのだろうけれど、マップを見ると15分も歩けば目的地に到着できそうなので徒歩で向かってみることにした。

ならまちへと続く道は、車の数も人通りもまばらなので観光しているというよりも近所を散歩しているという気分になる。しかし駐車している車には奈良のナンバープレート。ここは仙台から数百キロも離れた旅の地なのである。おそらくこの道を歩くのは、これが最初で最後になることだろう。そんなことを考えながら、やや下り気味の道を歩いていると「讃岐うどん」の店から出てきた老夫婦が「おいしかった。ここ正解!」と話しながら僕達の前を横切った。「正解!」という言葉が気になったことと、そろそろ休憩が欲しかったので、その店で少し遅い昼飯にすることにした。さて、その結果は・・・。うまい。うどんはもちろん天ぷらもうまい。たしかに、ここは正解ですね奥さん! と、先ほどの夫婦に心の中でお礼をいいながら食べた。

旅の主食はカロリーメイトと缶コーヒー

学生のころは、旅の時でもファストフードやコンビニのおにぎりで済ませることが多かったし、それで特に疑問も不満も感じなかった。食費よりもガソリン代が優先で、少しでも遠くへ行ってみたいと思っていたからだ。食事はエネルギー補給のために行う行為だから、カロリーメイトと缶コーヒーで必要十分などと嘯いてみたりもしていた。実際に「朝はカロリーメイトのチーズだったから、昼はコーヒーにしよう。しかしコーヒー味のカロリーメイトに缶コーヒーの組み合わせは、さすがにちょっと栄養が偏っているかな」などと、根本的な部分から勘違いをしていたものだった。

しかし最近では「ちょっと、ここへ寄ってみよう」と、カフェでコーヒーを飲むためにバスに乗って出かけたり、行列に並んで順番を待ったりもする。一時間は待てないが四十分くらいならば、普通に並んで順番を待つ。人間は年齢とともに優先順位が変化していくものなのだ、ということを「旅先の食事の変化」から考察してみた。

「正解の食事」を済ませ移動を再開する。途中で「空気ケーキ」という店でケーキを買い、これをどこで食べようか、と話しているうちに「ならまち」へ到着した。ゆるい下り坂になっていたせいか、予想していたよりも早めに到着した。歩くには若干遠いが、バスに乗らずとも歩ける距離でありタクシーを使うまでもないかな、という印象だったので、僕たちと同じように「歩こうか?どうしようか?」と考えている方は参考にしていただきたい。ちなみに歩いている最中に、みかけたタクシーは数台だったのでタクシーを利用する場合は流しでは厳しいかもしれないということも、付け加えておきたい。

ならまちから、興福寺へ

さて「ならまち」である。ここでは「吉田蚊帳」さんに寄って、自分達用とお土産のふきんを買った。飛行機の移動の時は、カバンの中に押し込んでも大丈夫なものを選びたいので、ふきんは最適だと思ったからだ。さきほどの「旅先の食事の変化」と重なるのだが、以前の自分なら「お土産に、ふきん」は選ばなかっただろう。しかし最近では「日常生活の中で、楽しみながら使ってもらえるもの」を、旅の土産として選ぶことも多くなってきた。それに「自分では買わないけれど、もらったらうれしいもの」という要素が加わったのならば、さらによい。やはり年齢と共に優先順位は変化するのだな、とあらためて考察してみた。

ならまちを一渡り歩いたあと、興福寺に向かって歩くことにする。これで朝に出発した地点にまで戻ってきたことになる。一日かけてゆっくりと歩くにはちょうどいい距離だったと思う。心地よい足の疲労感と、歩いて回ったぞ、という達成感のようなものを感じながら、朝に来た時にはまだ開館していなかった興福寺の東金堂へ向かい「四天王像」と「十二神将像」を拝観する。

実は僕が仏像に興味をもったきっかけが、この「四天王像」と「十二神将像」だった。いきいきと、そして力強く、甲冑を身にまとい邪気を踏みつける姿。守るべきもののために、いつでもその力を発揮するぞ、と静かに力を滾らせている姿に魅力を感じたのだった。あまりにも格好がよかったので、四天王像の広目天のフィギュアを購入して、自宅のテレビの横に飾っているくらいである。なぜ広目天かというと・・・と、書き始めると長くなりそうなのでここで止めておく。機会があったならば、またいつかどこかで触れてみたい。

そして当初の予定では、この後、興福寺の国宝館へ寄るつもりだったのだが耐震工事のため休館(平成29年)だったため入館することができなかった。残念。これはきっと「また来るといいよ」と言われているのだろうと考え、また奈良に再訪することを決め、荷物を預けてある宿へと戻ることにする。


気象警報発令

すでに予定の時間は過ぎていたのだが、お土産を買ったり、中川政七商店に立ち寄ったりしながら、のろのろと宿に向かって歩いていると、突然商店街のスピーカーから「台風が近づいているので、注意するように」というような内容のアナウンスが流れた。ノイズ混じりのスピーカーから聞こえる音声はなかなかの迫力である。にわかに周囲がざわざわとしてきたように感じる。早々に片付けを始める店舗も出てきた。心なしか空も暗くなってきたように感じる。少し足を早めて宿に戻り荷物を受け取る。宿の方に電車の運行状況について質問すると「JRは止まることがあるけれど、私鉄が止まっているのは見たことがない」とのこと。「地元の人が大丈夫、と言っているのだから大丈夫だよね」と連れと話しながらも、どこかそわそわした気分で駅へ向かう。

駅に到着し運行状態を確認する。とくに遅延等は発生していないようだ。連れが「すこしお土産を買いたい」と店に入っていったので、手持ち無沙汰になった僕は、駅構内に設置されていた「ようこそ奈良へ!」と書かれたボードの前で「自撮り」をしてみることにした。すこし工夫をして「いかにも自撮り」というような、ちょっと斜に構えた写真を撮った。買い物から戻ってきた連れにそれを見せると(普段、自撮りはしないので)かなりうけた。「今日撮った写真の中で、いちばんいい顔をしてるね」と笑われた。満足した。


自撮りもうけたし、これで思い残すことはない。改札を通り奈良から移動を開始する。目的地は泉佐野。わずか2日間しか過ごしていないのに、一週間以上滞在したような感覚になっているのはなぜだろう。またいつかきっと近いうちに、と奈良へ別れを告げて大阪へと向かう。車窓から見える外の様子は、まだ雨も風もさほど強くないように見える。この調子なら大丈夫だろう、とやや楽観的な気持ちになっていた。ところが、そう。ここから状況は一変する。


はじめての奈良旅(最終回)へつづく













2017年10月27日金曜日

はじめての奈良旅(7)志賀直哉 旧居へ

志賀直哉旧居へ


ほとんどの人が覚えていないと思うのだが、二つ前の投稿に「今回、行ってみたい場所がある」と書いた。もったいぶっていたわりには、すでに、この記事のタイトルでバレてしまっているけれど、つまりそこが、今から向かおうとしている「志賀直哉 旧居」である。

初めて読んだ志賀直哉の作品は、中学生の時に読んだ「小説の神様」だった。ぐいぐいと作品の世界に引き込まれ、中学生ながら「他の作家とは、どこか違う魅力」を感じたことを覚えている。高校生の時、国語の資料集で志賀直哉が宮城県石巻で生まれたということを知った。宮城県出身の自分としては「小説の神様と呼ばれる文豪が生まれたのは、宮城県だったのだ」と、さらに思い入れのある作家の一人になっていた。

そんなわけで、今回の奈良旅を計画している時に眺めていたガイドブックの中に「志賀直哉旧居」という文字を見つけた時、自分の中では「たとえ東大寺や興福寺に行けなくても、ここには行きたい」という最優先事項のひとつになったのだった。そして、今回の旅も3日目。いよいよそこへ向かう。


ささやきの小径を通って、高畑町へ


春日大社から志賀直哉旧居へは徒歩で移動する。春日大社の境内から「ささやきの小道」と呼ばれる小径へ入る。参拝客で賑わう境内とは正反対に、この道を歩いている人の姿はない。あまりにも静かで穏やかなので「この道で大丈夫なのか?」と思いながら進んでいくと「志賀直哉旧居」と書かれた案内板があった。安心して足を先に進めていく。

ちょっとした里山を歩いているような雰囲気の道。木漏れ日が射し込み、高畑町へ向かって少し下り坂になっているこの道を、志賀直哉も歩いたのだという。何を考え、どんなことを話しながら歩いたのだろう。そんなことを想像しながら、道に覆いかぶさるようにして生い茂っている木の下を10分ほど歩き、小さな橋を渡ると閑静な住宅街の横に出た。そこから、だいたいこのあたりだろう、と検討をつけて先に進んでいくと案内が立っている建物の前に到着した。






門をくぐり入場券を買い求める。受付の方に写真を撮っていいかと尋ねると、どうぞという声が返ってきたので、連れにスマートフォン渡して玄関の前で写真を撮ってもらう。普段はあまり自分から写真を撮ってもらおうとは考えないのだけれども、このような文学に関係する場所に来ると、修学旅行気分のようなワクワクした気分になって、写真を撮ってもらいたくなる。

ニヤニヤしながら写真に納まったあと、玄関の左手にあるやや急な階段を上っていく。開放感のある和室の窓の近くへ寄り、下の庭を見下ろしてみる。受付でもらったチラシによると、ここは客間だったようだ。ここを訪れた客も、こうやって庭を眺めたのだろうか。いやあ先生、みごとなお庭ですね、などと会話を弾ませたのだろうか。




そして、今回一番見てみたかったのが、その隣の部屋である。そうこの部屋で志賀直哉は「暗夜行路」を完成させたのだそうだ。窓から外の光がやわらかく射してくる清々しい雰囲気の和室。ここで、筆を走らせ推敲し、あの作品を完成させたのか。部屋の真ん中に置かれた文机を眺めながら、執筆している文豪の姿を想像してみる。そこには静かで端正な気配が残っているような気がした。




下の階に降り、建物の中をぐるりと回る。ひとつひとつの部屋、そして隅々にまで家主の気が配られているのを感じる。コルクが床に敷かれた子供部屋には、子供が子供らしく生活できるような気配りが感じられるし、夫人の部屋からは趣味のよい気品と過ごしやすさを。もはや、たくさんの人が歩いて擦れたサンルームの床さえも美しく見えてくる。

自分だけが良いと感じるのではなく、ここに住む家族、集う人達、すべての人のために丁寧に作られた家屋。豊かな感性を表現しながらも、押し付けがましくない心配りのある設計。このような場所をデザインすることができた志賀直哉は、どれだけの豊かな感性と体験を持っていたのだろう。

しかし、志賀直哉は1938年に東京へ移住することになる。もしかするとそれは「理想の住居」に住み心身が満たされることで、創作への感性が鈍ることを嫌ったからではないか。不満や不自由さが新しい自分を育てていくきっかけになるように、「満たされることは、作家にとっては良いこととはいえない」と考えたからではないか。ふと、そんなことを想像してみたりもした。




庭を通り玄関へ向かいながら、この旅、何度目かの、ここに来ることができてよかった、を繰り返した。またいつの日か、ここに来てみたい。そんな場所が増えていくのは嬉しいことだし、旅を続ける理由のひとつなのかもしれなくもない。

はじめての奈良旅(8)ならまち散策



2017年10月20日金曜日

はじめての奈良旅(6)春日大社で、万葉粥を。

春日大社へ行こう


東大寺から春日大社へ徒歩で向かう途中、閉店している店の中をドア越しに覗き込んでいる鹿がいた。それは「なんだ、まだ開いていないのか」とでも言いたげな仕草に見えた。その様子を見ていた外国人の方が、僕たちに話しかけてきた。よく聞き取れなかったので「何と言っていた?」と連れに確認すると「入ろうとしているね、と言っていた」とのこと。「聞き取れたんだ」「だって日本語だったよ」。

そう、僕は英語で話しかけられていると思い込んでいたので、自分の拙い語学力で聞き取ろうとしていたのだが、相手は日本語で話していたのだった。思い込みの恐ろしさよ。相手が日本語なのにこちらが中途半端な英語で答えていたら、だいぶ間抜けだったろう。Yes! とか、I think so. とか、適当なことを答えなくて良かった、などと考えながら歩く。


万葉粥とよもぎ団子



東大寺から10分ほども歩いたところで「春日荷茶屋」の前に到着した。ここは旅行前にガイドブックを見ていて気になっていた店。「もうすぐ昼だし、甘いものを少しだけ食べようか」と立ち寄ってみることにする。ところが、メニューの「大和名物膳(万葉粥、柿の葉すし、葛餅のセット)」を見ているうちに「万葉粥を食べてみたい。柿の葉すしと葛餅も」となり、せっかくなので春日荷茶屋」と「よもぎ団子」をひとつずつ頼んで、連れと二人で食べることにした。



うまい。春日大社の境内というシチュエーションと、午前中の静かな雰囲気の中で、おいしいものを少しずつ食べるという贅沢。若い時の体力まかせで強行突破の旅もおもしろかったけれど、こうやって、お茶がおいしく感じる旅、もいいものである。年齢を重ねるというのも、それはそれで悪くないものだ。そんなことを考えながら、外の景色を眺めたり雑談をしながら、ゆっくり過ごすことができた。うまかったです。



もう少しゆっくりとしていたいけれど、旅の時間には限りがある。店を出て、あらためて春日大社へと足を進めることにする。二之鳥居を過ぎたあたりから、参道は参拝客の姿で賑わいを見せてきた。ふと前方を見ると、石灯籠の間から鋭い視線を感じた。やや、あれは! 鋭くクールな視線で、こちらの様子を伺っている鹿と目が合う。「こいつは、せんべいを持っているのか? いないのか?」そう、僕たちはこうやって、彼らにしっかりと「観察」されているのである。



御蓋山浮雲峰を遙拝する


そんな鹿達の熱い視線を感じながら、石段を上がり南門をくぐると春日大社の境内に到着する。右手にある「特別参拝」へ向かい、受付を済ませて奥へと進んでいく。鮮やかな朱色の回廊を通り、多くの人達が寄進されてきた燈籠を眺めながら、ぐるりと回っていくと「御蓋山浮雲峰 遙拝所」に着く。手を合わせ遥拝している僕たちの横を、風がさわさわと横切っていく。ふと、今回はいい旅だったな、としみじみとした気分になってきた。まだ旅は終わっていないのだけど、今回の旅は、きっと最後まで気持ちよく過ごせるだろう。そんな気分になったのだった。


そして春日大社といえば「鹿みくじ」である。鹿が「どうぞ」と、おみくじをくわえて差し出してくれる様子が可愛らしい。ひとつひとつ少しずつ表情が違うので「さて、どの子にしよう」と選ぶのも楽しい。そして僕たちが奈良から仙台に連れてきたのは、この子でした。

参考:春日大社ホームページ

はじめての奈良旅(7)志賀直哉旧居へ