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ひたすら遠くまで移動すること。

お伊勢参りのお土産に「赤福」をいただいた。うまい。伊勢神宮へは学生の時に一度だけ行ったことがある。夜行電車を乗り継いで、ひたすら移動するという絵に描いたような貧乏旅行だった。懐かしいぜ。

あの頃は、0泊3日などの日程で、電車の中や道端のベンチなどで仮眠をしながら旅をしていた。今考えると、とんでもないエネルギーだな、としみじみ思う。計画もなしに好奇心に従って行動して、見た目はボロボロ目だけはギラギラ、だったような気がする。

最近でこそ、旅先で「そこでしか食べられないもの」を探して食べたりするようになったけれど、学生のころはコンビニでパンを買ったり、マクドナルドでハンバーガーを食べたりしていた。「旅先でも、いつもと同じものを食べるのがいいんだ」と、わかるようなわからないような理屈で、そんなものを食べていた。

たぶん、その時の自分は「ただ、ひたすら遠くまで移動すること」が楽しかったのだと思う。手持ちの侘しい費用をかき集めて、できるだけ遠くへ少しでも長い時間、移動していたかったのだと思う。目の前の風景が早足に過ぎ去っていく様子を、ひたすら眺めているのが楽しかったのだと思う。

そして今でも自分は、同じように旅を繰り返している。学生の頃よりも、ささやかながら豊かになった資金をかき集めて、オンボロの車にカメラや本を積み込んで移動を繰り返している。ずっと旅をしていられたら、とも思うけれど本当にそうなったら旅が嫌になるのかな?

ipad2をios7にアップデート。

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ipad2をiOS7にアップデートした。
なぜ今までアップデートをためらっていたかというと「ipad2をiOS7にすると、動作がもっさりする」という情報を目にしていたからである。わざわざ最新のOSにアップしたのに動作が遅くなるのでは意味がないので、しばらく放置していたというわけだ。

今週末、急に料理が作りたくなり、ipadでレシピを見ながら作業をしていたのだけれど、野菜を煮込んでいる時に「待っている間、ひまだからiOS7にしよう。この暇な時間を少しでも有効活用しよう」と、ふいに思い立ちアップデートすることにした。と、今、ここまでの文章をざっくりと読み返してみて「2段落目は全部不必要な内容だな」と思ったのだが、せっかく書いたのでこのまま残しておくことにする。と、いうこの文章も不必要ではあるが、まあ残しておくことにする。

さて、実際にiOS7にしてみてしばらく使ってみたのだけど、今のところ不具合もないし、iOS6の時と、さほど変わらず動作している。ひと安心である。このiPad2は主に家族が使用しているので、もしも動かなくなった場合は文句を言われるだろうな、と表面的には平静さを装っていたが内面はひやひやしていたので、ほっとした。近々iPad5(?)が発表されるという噂もあるけれど、しばらくはこのipad2に、現役でフル活動してもらおうと思っている。

遠野をめぐる旅 その4(完結)

遠野ふるさと村を出た時点で、時刻は午後3時を少し回ったところだった。閉館までの残りは「あと2時間」。長くはないが短いわけでもない。さて、どうしようか。できれば最後に遠野市立博物館へは立ち寄りたい。しかし移動の時間などを考えるとギリギリか・・・などと考えている時間さえもったいないので次の施設へ移動することにする。手間や面倒を惜しまずに「とりあえず行ってみる」ことが、旅先では大切なことのひとつなのだ。たぶん。

そんなわけで、次に向かったのは「伝承園」。
入口で入場券を求めた際に、受付の人が後ろを指差し「よろしければ、ご利用ください」とひとこと。おおっ。さきほど、かっぱ淵で見かけた観光客がかぶっていた不思議な麦わら帽子(頭の上にカッパのお皿がついている。写真を撮るのを忘れました)はこれだったのか。この伝承園で貸し出してくれるカッパコスプレ帽子(正式名称は「河童の皿」らしい)をかぶれば、強い日射しの下でも遠野の町をカッパ気分で歩けるというわけだ。いや待て。カッパは皿の水が乾いたら死んでしまうのではなかったか? するとこの帽子は雨の日に使用する方が適切なのか、とどうでもいいことを一瞬で考える。そして無駄に脳内のエネルギーを消費する。このような無駄な思考を、まっとうなことに集中させることができたのなら、もしかしたら何か世の中の役に立てることのひとつも思いつくかもしれない。そして・・・まあいいや。本題にもどる。

ここ伝承園での見所のひとつは「御蚕神堂」だ。このお堂には「オシラサマ」が千体展示されているという。案内板を見ながら、曲がり屋の薄暗く細い建物の廊下を歩き、右に折れ、おそるおそる覗き込んだ部屋の壁一面に、たくさんの人達が願いをかけた「オシラサマ」の姿があった。ここにこうやって立っていると、人の祈りが集結すると独特の気配が生まれてくるのだ、ということを実感する。誰もいないのに、誰かがいるような感じがする。軽口を叩くことは許されないような、神妙な祈りの念が色濃く詰まっている空間。その力に上から押さえつけられているような感覚がして、部屋の中が実際よりも狭いようにも感じられる。もしも入口付近に「座敷わらし」が立っていたとしても「ああ、座敷わらしか・・・」と普通に受け入れてしまうような雰囲気の場所でした。そんな余韻を残しながら施設の外へ出る。ここで残り時間は1時間を切ったところ。まだ間に…

遠野をめぐる旅 その3

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遠野の町に来て、まず目についたのは「カッパ」の文字。土産物にはもちろんのこと、店名にも「カッパ〇〇」のように、カッパの文字が使われているのをとてもよく目にする。まさに「遠野=カッパ伝説」の町といった感じである。そして、カッパの次によく目にしたのが「ジンギスカン」の看板。そう、遠野市は全国でも上位に位置するほどのジンギスカン消費量の多い町なのだそうだ。つまり、遠野市に来たならばジンギスカンなのだ。

そんなわけで、今回の昼に立ち寄ったのは「まるまんじんぎす館 羊丸」という店。昼時ということで満席状態。カウンターに置かれていた用紙に名前を書いてしばらく待つことにする。店内で話している方達の言葉を聞いていると地元の方が多いような印象を受ける。アクセントの違いや、聞いたことがない言葉を耳にすることができるのも旅の醍醐味のひとつだから、とても楽しい。
そして仙台市から、ほんの100km程度北上しただけでも、聞き慣れない言葉を耳にするということは「すごく興味深い」ことなのではないか、と改めて考えてみる。わずか100kmしか離れていない場所なのに「方言」という言葉が生成しているという事実。そして、今もなお日常の言葉として使われているということ。考えれば考えるほど、興味が増す世界ですね。学生時代、言語学の授業をもっと掘り下げて勉強しておけばよかった(自分は日本文学科卒)などと思ったりもする。

そんなことを考えながら順番待ちで座っていた椅子の正面に、昨日催された「遠野まつり」のポスターが貼ってあった。祭りの衣装を身につけた女性たちが笑顔で写っている写真が使われているポスター。この祭りでは、遠野の郷土芸能である「しし踊り」などを見ることができるそうだ。残念ながら今回は、日程の都合で見ることができなかったけれど、次回までもっと民俗学の勉強をして、改めて「遠野まつり」に参加したいとポスターに誓いを立てておきました(おおげさだ)。

ポスターを眺めたり、駐車場に車が出入りしている様子を眺めながら、20分ほど待った後ようやく着席。ランチセットを注文して、もくもくと食べる。食べる。食べる。食べる時には余計なことを考えなくていい。食べる。食べる。肉もそうだけど、野菜もうまい。そしてお値段も1000円前後とおとく。普段は、あまり肉料理を大量に食べることは少ないのだけど、今回は一気に黙々と食べてしまった。前に「…

haco28. nagare (short ver) 公開しました。

haco28. nagare (2013.10.4公開)
official → http://haco-28.blogspot.jp

遠野物語をめぐる旅(2)

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今回の遠野めぐりは、市内観光共通券(1.050円)を購入して、市内の施設を回ってみることにした。漠然と「遠野を回る」と言ってもイメージがつかめないので、共通券が使える施設を回りつつ、その周辺の観光地にも立ち寄ってみようというわけだ。

そんな訳でまず最初に向かったのが「千葉家曲がり家」。遠野市のwebによると「曲り家の最盛期に建てられ保存状態も良く、上層農民の最高級の曲り家として典型的なものといわれます。「日本十大民家」の一つに数えられます。」とある。「日本十大民家」ときたならば古民家好きの自分にとって、まず最初に押さえておきたい場所だ。
駐車場に到着して見上げた丘の上に、悠然と構えた千葉家の姿が目に飛び込んでくる。すでにこの段階で「見に来てよかった」と思ってしまうほどの存在感があった。「上層農民の最高級の曲り家として典型的なもの(遠野市HPより)」とあるように「資産家」の雰囲気が漂っている。きっと昔の人達も、この場所から丘を見上げるようにして「千葉さんのお宅は立派だねー」と話していたに違いない(←イメージ)。そんなことを想像しながら入口で共通券を購入して、家につづくやや急な坂を上がっていく。


それにしても、古民家を見るとふしぎと心が落ち着いてくるのはなぜなのだろう? 実際に古民家に住んだこともないし、近所に古民家があったわけでもないのに「なつかしい」という気分になってくる。子供のころ「このような場所で遊んだことがあるような気分」にさえなってくる。

そんな不可思議なノスタルジック気分に浸りながら、見事な茅葺きの屋根を眺め写真を撮り展示物に目を凝らし土の感触を楽しんだあとは、早々に次の場所へと移動をしなければいけないのが観光客のつらいところ。次に向かうのは「続石」だ。
続石は遠野物語の中にも登場する石。「さて遠野の町と猿ヶ石川を隔つる向山という山より、綾織村の続石とて珍しき岩のある所の少し上の山に入り、両人別れ別れになり、鳥御前一人はまた少し山を登りしに、あたかも秋の空の日影、西の山の端より四五間ばかりなる時刻なり。ふと大なる岩の陰に赭き顔の男と女とが立ちて何か話をして居るに出逢いたり。(遠野物語)」の「続石とて珍しき岩」が、まさにこの続石なのである。

道路沿いに設置されている駐車スペース(5~6台ほど駐車できる)に車を止めて続石へと続く細い坂道を上がっていく。静かな林の中を息を…

種山高原でキャンプ 遠野をめぐる旅(1)

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現在自分は宮城県仙台市に住んでいる。そして今回の目的地である遠野市は、お隣の岩手県にある。そう「お隣の県」なのである。仙台から遠野までは高速道路を使って片道約2時間30分。高速を使わなくても3時間ちょっとで行ける距離。少し無理をすれば日帰りでも帰ってくることができる距離なのだけど、この「ちょっと頑張れば行ける距離」というのが逆に踏ん切りがつかないものである。高校生の時に遠野物語を読んでから「いつか絶対に行く」と決めてはや幾年。ようやく今回遠野へ出発することになった。

思い入れが深い場所ということで、計画を立てている段階から張り切ってしまい、遠野物語を読み返したり図書館で資料を借りてきて調べてみたりと、出発前から無駄に情熱を燃やしてしまっていた。さらに、初めて遠野物語を読んだ高校生の時のことを思い出したりして、I君は良いお父さんになっていそうだけど、N君はどうだろう。学生のころはちょっとナーバスですぐに落ち込むところがあったけれど、案外大きな会社でバリバリ働いているかもしれないな。と当時の友人達のことを思い出して懐かしい気分に浸ってしまったりもした。もしもこの文章を当時の友人達が見ていたのなら、ぜひ声をかけてみていただきたい。久しぶりに会おうぜ。

さて、今回の遠野をめぐる旅の日程は、9月の連休を利用した一泊二日。一日目は遠野の近くにある「種山高原」周辺を散策して、そこにある「星座の森」でキャンプ。二日目は朝一番で遠野に向かうという内容だ。

なぜ「種山高原」でキャンプをするかというと「種山ヶ原は宮澤賢治作品のモチーフになった場所だからだよ」というのは表向きの理由で、ほんとうのところは、旅の日程を決めたのが10日ほど前だったのでめぼしい宿がほとんど埋まっていて、やけくそ(?)で遠野周辺のキャンプ場を探し偶然に見つけたのが、ここだったというのが真実である。

見つけてから改めて調べてみると、遠野までは車で40分程度のところだから地理的にもちょうどよい。そしてなによりもフリーサイトは「一人200円」という格安設定が魅力的だった。いや、実はこれが最大の決めてといえば決めてだったということは内緒である。なにせガソリン代と高速代だけで1万円札がひらひらっと吹っ飛んでいくので、燃費の悪いオンボロ車で旅をするには「節約できるところは、節約!」が大切なのだ。いちばん費用がかかる宿泊費が「一人20…