おとなになった、瞬間。

今月号のpenは「ヌードは、美しい」だった。
そう、そのままつまり「一冊、まるごとヌード特集」である。

書店で見かけた際に、手にとって、パラパラとめくってみたのだが、おもむろに「む、これは確かに美しい」とか「なかなか、こんな風には撮れないものだよな」と、周りの目を気にせずに、見入ってしまっている自分がいた。

そして、そんな自分に気がついた瞬間「自分も大人になったんだな」と、感じてしまった。ヌード特集の雑誌を立ち読みして、おとなになった、もなにもないかもしれないけれど、直接的&間接的に、そう思ってしまったのだから、これは仕方がない。平日の午後に、書店で雑誌を見ていた時に、自分が「おとなになったな」と感じた。そして、その雑誌は「ヌード特集」だった、というわけだ。

そういえば、と考えてみる。自分が「おとなになった」と感じたのは、いつごろだったのだろう。すこしずつ、時間軸をさかのぼって考えてみたところ「16歳の時に、原付の免許」を取った時に、そう感じたということに気がついた。


自分は7月の夏生まれ。誕生日になるのを待ちわびて、飛ぶように試験場に行き、免許を取ったものだった。試験を受けて、電光掲示板に自分の番号が表示された時は、ふるえるくらい嬉しかった。そして、ピカピカの免許証をもらった瞬間に、自分が大人になったように感じたものだった。16歳の夏。奇しくも、まさに今、この時期のできごとだ。

たぶん僕は「これで、自分の行きたい場所へ、行きたい時間に、自分の意志で、どこへでも行ける」ということに、「おとな」っぽさを、感じていたのだと思う。うちの父親は、かなりの出不精で、めんどうくさがりなので、家族をどこかに連れて行くという考えそのものが、希薄な人だった。でも、子供だけでは行けない場所も、たくさんある訳で、早く父親(=大人)の力を借りずに、自分の力だけでどこか遠くへ行きたいと、ずっと考えていた。それを現実として、実感できたのが『原付の免許を手にする』ということ、だったのだと思う。原付の免許証が、実際に手にして、目で確かめることのできる「おとなの象徴」だったのだと思う。

その後、レストランで皿洗いのバイトをして、貯金したお金で教習所に通い、自動二輪の免許も取ったのだけど、その時も「うれしかった」けれど、おおきな気持ちの変化はなかった。車の免許を取った時も、普段バイクで街の中を走り回っていたから、ほとんど感激もなかった。ようやく取れたか、面倒くさかったな、という気持ちしかなかった。やはり、最初の経験というものは、大きいものだ。

今では自分で稼いだお金で、車を買って、ガソリンをいれて、自由にどこまでも行けるし、実際に行ってるけど、そのありがたさを忘れてしまっているな、実はこれは「有り難い」ことなんだよな、と、ヌード特集の雑誌から、思わぬところへと考えが進んでいった自分に、にがわらいをした夏の午後でした。

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