iphone4s 入荷せず・・・。
iphone4sの発売から、一週間が経過。案の定、というか、予定通りというべきか、未だに入手できていない。12日に仙台市内のソフトバンクショップに予約をしたのだけど、今のところ入荷予定の連絡もきていない。予約の段階で「一ヶ月は、お待ちいただくかと」と、店員さんに断言されてはいたものの、ネットに書き込まれている情報などを見る限りでは「さて、本当に一ヶ月で手に入るのかな?」という気分にすらなっている。iphone4の時は、一ヶ月待ちが普通だったらしいから4Sの方は二ヶ月・・・いや、まさかね、という気分になっている。
おそらく、もしこれが10代・20代の頃の自分ならば、きっと友人知人に連絡をとって「仙台市内で入荷している店があったら教えてくれ」と頼み、情報が入り次第(たとえ、それが未確認の怪しい情報だったとしても)「よしきた、とりあえず行ってみるぜ」と車かバイクをすっ飛ばしていたと思う。場合によっては、宮城県から外に出て他県にまで買いにでかけたかもしれない。あと在庫残り1台でも、可能性がある限り行ってみることに意味がある、とかなんとか理由をつけて出発したと思う。そしてそれをイベントとして、楽しんだかもしれない。
でも今は、そんな気分ではない。「4S? うん、まだ手に入っていないんだ」と、挨拶がわりに言葉を交わすことはあるけれど、こうやってブログを書いてみたりはするけれど、他の店を探してみるというような感じにはなっていないし、情報を集めるというようなこともしていない。「まあ、いいや。もうしばらくは待ってみよう。iphone3GSにもiOS5をいれたし」という気分だ。
これは歳を重ねることで、少しは落ち着きがでてきたからか? 待つということが、できるようになったのか? とも思えるが、そのような訳でもないような気がする。年齢以外の理由があるような気がする。それはなんだろう? と考えてみるに、気がついたことがあるので、秋の夜長にまとめてみようと思う。
はじめてiphone3GSを購入した時は「なんてすごいデザインだろう。美しいフォルムだろう」と、手にとるだけで、わくわくしたことを覚えている。ショップの店員さんが、奥からiphoneが入った箱を持ってきて、白い手袋をはめて中から取り出し、僕の目の前に置いてくれた時は、手を触れるのを一瞬躊躇したくらいだった(もちろん、すぐに触って指紋だらけにしてしまったけれど)。
その時、自分がiphoneに感じていたことは「自分がイメージ(理想)として、描いていた携帯端末よりも、ずっとすばらしいデザイン」のものが目の前にある、という喜びと驚きだった。販売されている携帯端末に気に入ったものが見つからず、「こんな感じのものがあれば迷わず買うのだけど」と想像していたものを上回る、細やかな部分までしっかりと作り込まれ磨かれた作品が、目の前にぽん、と置かれているような印象だった。
こんな風に書くと、おおげさなように感じるかもしれないけれど、ずっとMacを使ってきて、そのプロダクトに魅了され続けていた自分が「appleが携帯電話を作るらしい」という未確認情報を耳にした時から、とても楽しみにしていた気持ちの蓄積というか、思い込みの深さも加わって、そのような印象を受けてしまったわけである。とにかく、そのくらい価値のあるものに感じたのだ。
その時と、今の状況を考えると、iphone4sがすばらしい製品だということはわかる。3GSから、何倍も進化したことも理解できる。ただそれは、あくまでも「想像していたデザイン(あえて、デザインと書く)」だったことも事実。いや、もちろんこれは批判をしているわけではない。誤解を招くような書き方になってしまっていると思うけれど、点数をつければ、iphone4sは100点だと思う。間違いなく。今、この瞬間で、100点を感じる携帯端末は、100%存在しない。いや80点すら(あくまでも、自分にとってだけど)存在しない。100点は100点、それはとてつもなく、すごいことなのだ。
でもiphone3GSは、自分にとって300点だったのだと思う。100点でも十分だ。喜んで買い求めるし、大切にする。みんなにも自慢する。でも一度300点を体験してしまったから、どことなくクールにふるまってしまう自分もいるのだと思う。
実際に、iphone3GSを手元において眺めてみても、発売されて数年が経過した現在でも、とびっきり考えられた色あせないデザインだと感じる。当時が300点として、時間の経過とともに点数が減っていくとしても、現在でも120点以上は十分にあると思う。今、携帯ショップに「今回の新製品です」と並んでいたとしても「これは、いいね。新しいね」と感じるのではないかと思う。
そんな訳で、iphone4Sが手にはいらなかったことで、逆に自分にとってのiphone3GSというか「iphoneの存在理由」のようなものを考えてしまったわけだ。このように予約したり、頼んだりしても手に入らないときは、あせったりじたばたせずに、こうやって落ち着いて考えてみることも必要なのである。
まあ、そうはいうものの、実際にiphone4Sが入荷したと連絡があり、受け取った時にはわくわくするだろうし、調子に乗ってしまうだろうけれど、とりあえず今はそんな風に考えているということを、ここに記してみようと思ったので書いてみた。
つづき >>> 「iphone4S購入!」のページへ >>>
おそらく、もしこれが10代・20代の頃の自分ならば、きっと友人知人に連絡をとって「仙台市内で入荷している店があったら教えてくれ」と頼み、情報が入り次第(たとえ、それが未確認の怪しい情報だったとしても)「よしきた、とりあえず行ってみるぜ」と車かバイクをすっ飛ばしていたと思う。場合によっては、宮城県から外に出て他県にまで買いにでかけたかもしれない。あと在庫残り1台でも、可能性がある限り行ってみることに意味がある、とかなんとか理由をつけて出発したと思う。そしてそれをイベントとして、楽しんだかもしれない。
でも今は、そんな気分ではない。「4S? うん、まだ手に入っていないんだ」と、挨拶がわりに言葉を交わすことはあるけれど、こうやってブログを書いてみたりはするけれど、他の店を探してみるというような感じにはなっていないし、情報を集めるというようなこともしていない。「まあ、いいや。もうしばらくは待ってみよう。iphone3GSにもiOS5をいれたし」という気分だ。
これは歳を重ねることで、少しは落ち着きがでてきたからか? 待つということが、できるようになったのか? とも思えるが、そのような訳でもないような気がする。年齢以外の理由があるような気がする。それはなんだろう? と考えてみるに、気がついたことがあるので、秋の夜長にまとめてみようと思う。
はじめてiphone3GSを購入した時は「なんてすごいデザインだろう。美しいフォルムだろう」と、手にとるだけで、わくわくしたことを覚えている。ショップの店員さんが、奥からiphoneが入った箱を持ってきて、白い手袋をはめて中から取り出し、僕の目の前に置いてくれた時は、手を触れるのを一瞬躊躇したくらいだった(もちろん、すぐに触って指紋だらけにしてしまったけれど)。
その時、自分がiphoneに感じていたことは「自分がイメージ(理想)として、描いていた携帯端末よりも、ずっとすばらしいデザイン」のものが目の前にある、という喜びと驚きだった。販売されている携帯端末に気に入ったものが見つからず、「こんな感じのものがあれば迷わず買うのだけど」と想像していたものを上回る、細やかな部分までしっかりと作り込まれ磨かれた作品が、目の前にぽん、と置かれているような印象だった。
こんな風に書くと、おおげさなように感じるかもしれないけれど、ずっとMacを使ってきて、そのプロダクトに魅了され続けていた自分が「appleが携帯電話を作るらしい」という未確認情報を耳にした時から、とても楽しみにしていた気持ちの蓄積というか、思い込みの深さも加わって、そのような印象を受けてしまったわけである。とにかく、そのくらい価値のあるものに感じたのだ。
その時と、今の状況を考えると、iphone4sがすばらしい製品だということはわかる。3GSから、何倍も進化したことも理解できる。ただそれは、あくまでも「想像していたデザイン(あえて、デザインと書く)」だったことも事実。いや、もちろんこれは批判をしているわけではない。誤解を招くような書き方になってしまっていると思うけれど、点数をつければ、iphone4sは100点だと思う。間違いなく。今、この瞬間で、100点を感じる携帯端末は、100%存在しない。いや80点すら(あくまでも、自分にとってだけど)存在しない。100点は100点、それはとてつもなく、すごいことなのだ。
でもiphone3GSは、自分にとって300点だったのだと思う。100点でも十分だ。喜んで買い求めるし、大切にする。みんなにも自慢する。でも一度300点を体験してしまったから、どことなくクールにふるまってしまう自分もいるのだと思う。
実際に、iphone3GSを手元において眺めてみても、発売されて数年が経過した現在でも、とびっきり考えられた色あせないデザインだと感じる。当時が300点として、時間の経過とともに点数が減っていくとしても、現在でも120点以上は十分にあると思う。今、携帯ショップに「今回の新製品です」と並んでいたとしても「これは、いいね。新しいね」と感じるのではないかと思う。
そんな訳で、iphone4Sが手にはいらなかったことで、逆に自分にとってのiphone3GSというか「iphoneの存在理由」のようなものを考えてしまったわけだ。このように予約したり、頼んだりしても手に入らないときは、あせったりじたばたせずに、こうやって落ち着いて考えてみることも必要なのである。
まあ、そうはいうものの、実際にiphone4Sが入荷したと連絡があり、受け取った時にはわくわくするだろうし、調子に乗ってしまうだろうけれど、とりあえず今はそんな風に考えているということを、ここに記してみようと思ったので書いてみた。
つづき >>> 「iphone4S購入!」のページへ >>>