天童市へ行く。

山形県の天童市へ行ってきた。
天童市へは仙台市から車で約1時間30分といったところ。市内からは国道48号一本でつながっていて「お隣同士」のような関係なのだけど、なぜか今まで行く機会がなかった。いや正確に言うと、近くを通ったりしたことはあるのだけど、立ち寄ってじっくりと観光するチャンスがなかったという、自分にとって近くて遠いような場所だった。

先日、浮世絵に関する資料を見ていた時に「そういえば、天童市には広重美術館があったな」ということを思い出した。そろそろ山形は雪が降る頃だから、雪が積もる前に行ってみようかな、と思い立ちふいに出かけてみることにした。

先にも書いたけれど、天童市へは仙台市内から国道48号をひたすら西に向かうことになる。作並温泉の前を通り、宮城県と山形県の県境の山を越え、特に何の盛り上がりもなく(というのは、何度も走ったことがある道なので)のんびりと走ると、天童市に到着だ。まず最初に行ったのは「道の駅天童温泉」だ。


最初、地図を見た時に「道の駅天童温泉」には温泉があるのだと思ってしまった。つまり道の駅の施設内に温泉があるのだと、名前から勝手に想像してしまっていたのだが、実際には温泉はない。普通(?)の道の駅である。

連れにこの話をしたところ「私もそう思った」と言っていたので、同じように感じる人もいるかもしれないが、天童温泉道の駅には温泉はないので注意していただきたい。ただ、足湯はあるので、タオルを持っていくと良いかもしれません。


道の駅の近辺にあるドトールでエスプレッソコーヒーを飲み、もらってきた地図を見て町の様子を確認してから、まず最初に向かったのは「出羽桜美術館」。ここは、その名の通り、地酒の出羽桜酒造が運営している美術館だ。

先代の社長の住宅である日本家屋の建物を美術館として利用しているので、ぱっと見ると普通の民家のように見えるわけなのだけど、この建物が味があってすごくよかった。明治時代の資産家の家という雰囲気が漂っていて(なにしろ、家の中に蔵座敷があるのだ)そこかしこに趣味人の趣があって、初冬のやわらかな太陽の光が中庭に射し込んでいる様子などを見ていると、ゆったりとした豊かな生活が想像できて、いつかこのような雰囲気の生活をしてみたいものだ、と思ったりしました。

次に立ち寄ったのは、旧東村山郡役所資料館。ここも明治時代の洋風建築が、資料館として活用されているのだけど、個人的に、この時代の建物がとても好きなので、かなりわくわくした。

建物のデザインはもちろんのこと、自分たちの町に、このような洋風建築が突然建てられた際の当時の住民の気持ちはどのようだったろう、と想像したりするのも楽しい。町の小高い丘に建てられた洋風建築を仰ぎ見るようにしながら、なんとなく神々しいものを感じて思わず手を合わせてしまったりした人もいたのではないだろうか(たんなる空想です)


そのようなことを考えながら、建物の周りをぐるりと回って、色々な角度から眺めながら、じっくりと堪能してしまった。仙台市にも同様の明治時代の洋風建築があったわけだけど、空襲で焼けてしまって今は残っていないのが、本当に残念だ。もし現在でも残っていたのならば、と本当に残念に思う。


さて、資料館を後にしたあたりで、時間はちょうど昼飯時。連れが友人から教えてもらったオススメの「水車生そば」へ行く。ここは創業150周年の老舗。店の前に設置されている大きな水車も、いい味を醸し出していて期待値があがる。店名の看板が将棋駒の形をしているのも、いかにも天童市らしい。

実際に店に入ってみると、老舗といっても敷居が高い感じではなく、一般の人が普通に食べにこられるような、いわゆる「町の蕎麦屋さん」といった感じの店だった。実際に、自分たちが店に行った時も、地元と思われる制服を着た男子高校生が、観光客と思われる人達に囲まれながら2人で蕎麦を食べていた。いい光景だ。

今回、ここで頼んだのは「鳥中華」である。え? 蕎麦屋さんに来て、中華? と思った方もいらっしゃると思うのだけど、実際に自分もそう思ったのだけど、どうやらここでは「鳥中華」が人気メニューのようなので、これを頼んだというわけだ。
確かに周りを見回してみるとこれを頼んでいる人が多い。蕎麦屋なのに、ラーメンを食べている人が多いというのも、考えてみると不思議な光景のような気がしないでもない。しかもここは、老舗の蕎麦屋さんなのだ。

そんなことを考えながら、運ばれてきた鳥中華を口に運ぶ。「麺はラーメンで、スープが和風」という、まさに中華そばだった。天かすが浮いているのが、蕎麦屋さんのラーメンといったところだろうか。スープがすっきりとしていて美味しかったので、ついついごくごくと飲んでしまった。食べてしまってから、やはり蕎麦も食べてみたくなったのだが、さすがに苦しかったので、止めておいた。次回への課題とする。

さて、昼飯を済ませたあとは、本日の目的地である「広重美術館」へと向かう。向かう、といっても、実は「水車生そば」さんの向かい側に広重美術館がある。ほんとうに文字通りに道路を挟んで向かい側にあるので、とても便利だ。移動時間2分だ。得をしたような気分で、広重美術館へいそいそと向かう。

さて、ここでふと「なぜ天童市に広重美術館が?」と思った方もいらっしゃるかもしれない。自分は、そう思った。天童市とはどのような縁があったのか? 館内の資料によると、江戸時代後期に江戸にて、歌川広重と交流があった天童藩士や藩医が財政難を克服するために、広重に肉筆画を描いてもらったことが縁となっていたらしい。

なるほど。江戸時代に、そうやって描かれて持ち込まれた作品の一部を、こうやって今、天童市で見ることができているというわけだ。縁というものは不思議なものである。

美術館の前の駐車場に車を止め、受付で入館料を支払い中に入る。館内がずいぶん静かだなと思ったら、自分たちの他に客が一組しかいなかった。いや、よくよく考えたら、今回回った施設では、蕎麦屋さん以外は、自分たちしか観光客がいなかった。見て回る分には、静かだし貸し切り気分でうれしいのだけど、連休の最終日としては少し寂しい感じがする。賑わっていればいたで、混雑は嫌だ、と思うし、空いていればいたで、なんとなくさびしいものだ、と思うわけです。人間というものは、常にないものねだりな思考をするわけですね。
まあ、それはともかく、広重美術館の中を連れと一緒に雑談をしながら色鮮やかな作品を鑑賞し、二階の窓から、さきほど食事をした向かい側の「水車生そば」の様子を眺めたりしながら、貸し切り状態の館内をのんびりと楽しませてもらいました。

展示スペースのひとつに、浮世絵の制作過程が実際の作業中の画像と一緒に展示されていたのだけど、版画制作というものは、ほんとうに手間がかかるし大変な作業なのだということをしみじみと感じました。絵師が絵をかき、それをもとに彫師が版木を彫り、刷り師が紙に刷り込んでいく。必要な色の数だけ手間も多くなるし、作業過程も増えていく。最後の一色を加える段階で咳をしてしまって「あっ、しまった」ということも何回もあったのではないだろうか。その瞬間に、今までの作業に携わってきた人達の顔が頭に浮かんだりしたのではないだろうか。版木に使われていた木は貴重なものだったそうだから、版木を一枚でも落としてしまったら作品は完成しないわけだから、どれほど青ざめたことだろう。まさに浮世絵(版画)は共同制作による芸術作品なのだな、と感じました。

さて、旅の最後を締めくくるのは「温泉」だ。初冬の町を歩き回って、冷えてきた身体をあたためにいこう。
旅の締めくくりに向かったのは「天童最上川温泉ゆぴあ」だ。
ここは、天童市の市民保養施設ということもあって、入浴料が300円(平成24年11月現在)という、かなりお得な設定となっている。しかも営業時間が午後9時までと長いので、旅行者の立ち寄り湯としてはうれしい施設である。


到着した午後4時過ぎくらいの段階で、広めの駐車所が、ほぼ満車状態だったので混んでいるかなと思いつつ中に入っていると、そうでもなかった。というよりも風呂が大きいので、人がいるのが気にならないといった方がいいかもしれない。資料によると県内最大級の露天風呂とのこと。これだけ、ゆったりとして300円というのは、かなりお得だと思う(←2回目)地元の方達の方言まじりの会話を聞きながら、足を伸ばして飛行機雲が横切る空を眺めてのんびりとした。ここには2種類の源泉がひかれていて、1種類は「熱め」もう一種類は「温め」と、温度の違いを楽しむことができる。自分は「温め」の源泉の方が好みだったけれど、寒い日などには「熱め」の方に、ざばっとはいって、くう、とうめいてから、温めの方でゆったりとするといいかもしれない。



温泉にはいって、肌も心もつるつるになったところで、仙台に帰ることにする。午後になると急速に冷え込んでくるから、峠付近では路面が滑るかもしれない。小雪が舞うかもしれない、と地元の人に教えてもらっていたので、少しヒヤヒヤしながら家路を急ぐ。幸い、雪も落ちてはこなかったし、渋滞もしなかったので、スムーズに県境の峠を越えることができた。

このような感じで、日帰りの天童市をめぐる旅は無事に終了した。仙台市内から、車で往復して約3時間といったところだろうか。おおまかな計画を立てて、ふらっとでかけてふらっと観光して帰ってくるには、ちょうどいい距離だと思う。次は、雪深い時期か、新緑の季節にやってきてみたいと思いました。

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