【文章】相手にあわせて、言葉を選ぶ(夏目漱石の手紙より)
夏目漱石、小学6年生への質問に答える
「こころ」の読者から、漱石のところに質問の手紙が届きました。その質問に対して、漱石が書いた手紙が、こちら。
あの「心」という小説のなかにある先生という人はもう死んでしまひました 名前はありますがあなたが覚えても役に立たない人です あなたは小学の六年でよくあんなものをよみますね あれは小供がよんでためになるものじやありませんからおよしなさい あなたは私の住所を誰に聞きましたか (夏目漱石から、松尾寛一への手紙)
質問したのは、小学6年生の少年。その質問に対して漱石先生は、小学生でもわかるような言葉で丁寧に語りかけています。そして、私の住所は誰に聞きましたか、などと、やさしいですよね。とても優しく、相手に合わせて言葉を選び文章書いていることが伝わってきます。
私はこの手紙を、漱石の特別展だったか何かで目にしたのですが、読んでいると心が温かくなって「言葉を通した、心のやりとり」を見せてもらったような気がして、嬉しくなったことを覚えています。
自分が理解している言葉 = 相手が理解できる言葉 ではない
私たちは文章を書く時に「自分が理解している言葉は、相手も理解しているだろう」と無意識に考えてしまいがちです。また、カタカナ言葉や難しい言葉を使ったりして、すこし格好よく見せよう、とも考えてしまいがちです。
その結果、読み手は「言葉を理解する」ことに意識が向いてしまい、肝心の内容理解が浅くなってしまったりします。「この人の文章は、難しいから・・・」と、流されてしまうことも少なくないと思うのです。
言葉を選ぶ時は「読み手に合わせ、わかりやすく納得してもらえるような。そして、リズムよく読んでもらえる言葉を選ぶ気配り」といいますか、思考が必要だと思うのです。漱石先生の手紙を読むと、ほんとうにそう思います。
言葉だけで「コミニュケーション」する時間が増えているからこそ
夏目漱石は、東京帝国大学(現在の東京大学)を卒業して、ロンドンに留学。帰国してからは東大の先生をする、という、最高に頭が良い先生ですから、難解な言葉や専門用語で文章を組み立てることもできるわけです。しかし、この手紙のように、小学6年生の質問には、相手に合わせた文章を書く。短い手紙の背後にある「やさしさ」のようなものを感じますよね。
最近は「リモートワーク」などといって、直接会わないで仕事をしたりコミニケーションを取ることが増えてますよね。メッセージとかメールだけで、やり取りすることが増えていると思うんですけども、そのような時に「この言葉は相手に理解していただいているだろうか」と、読み手の状況に合わせて言葉を選ぶことが大切になってくると思いましたので、漱石先生の手紙を紹介してみました。