【人生哲学】速度を上げるばかりが人生ではない(マハトマ・ガンディー)
確定申告をしながら、考えたこと。
3月である。そして年に一度の「確定申告」の時期である。もう何年も、この作業を繰り返してきたけれど、数字を扱うのが苦手な私は「これで計算合っているよな?」と、緊張しながら書類を作成している。最近では、ネットで書類の作成ができるのでだいぶ楽になった。どうやらスマホでも作成できるらしいので、次回はスマホでの確定申告に挑戦してみようと考えている。
それにしても、1年というのは「あっというま」だ。学生のころは「1年あれば、なんでもできる」などと息巻いていたし、実際に様々な体験ができたけれど、社会人になると「あれ?」という感じで時間がすぎてしまう。
とくに昨年のように自粛生活が続き、行動範囲が狭まっていると季節の移り変わりも曖昧だし、なんだかよくわからないうちに一年が過ぎてしまったような感覚になる。しかし、確定申告の書類などを整理していると、忘れているだけでそれなりに様々なできごとがあったことを思い出す。春先はこんなことをして、夏にはこれに取り組んで、などと移動距離は減ったがそれなりに作業をして「生きてきた」ことを実感する。
「未来が読めない」から「過去を振り返る」
とりわけ昨年は「過去の自分」を振り返る時間が多かった。独立起業してからは「次はこれに挑戦して。もっとここを改良して」などと未来に向けて進んできた。次こそは! と次の目標に向けて試行錯誤を続けてきた。
しかし年々情報の流れる速度は飛躍的に加速していくし、それを追いかけていくだけでも膨大な労力を必要とする。そして、そうやって手に入れた情報はあっというまに劣化していく。「昨日の情報は、古過ぎて使えない」と感じるほどに、時間は早くなり、ひとつひとつを吟味する余裕さえない。
しかし、私のような一般人にとって「待つ」ことが最善だった昨年は「過去を振り返る」には最適の時間だったと個人的に感じている。ほとんど目を向けなかった「自分が積み重ねてきた」ものを整理し「自分にできること。ほんとうにやってみたいこと」を考える時間を取れたのは、よかったこと、と考えたい。
速度を上げて走り抜ける時期も必要、だが・・・。
ライバルよりも少しでも早く。ほんの少しでも先に。そう考えながら進んでいくことは大切なことだ。その「ちいさな差」が大きな可能性を生むし、私自身もその恩恵を手にしたことが(ほんのわずかではあるが)ある。むしろ、20代・30代の時は速度を重視してガムシャラに飛び込んでいく気持ちが必要だと思う。
しかし同時に腰を落ち着け、今自分が立っている場所を確認する。そして、少しずつ過去を振り返って整理していく時間も大切だ。速度が上がれば視野が狭くなる。「ほんとうに大切なこと」を見落とす可能性も大きくなってくる。気がついたら何も残っていない、という喪失感を抱えるほど切ないことはない。