【ふかよみ日本文学】「桃」は、邪気(鬼)を払う果物!?

古事記に登場する「桃」の役割とは?

前回は「柿」について書きましたが、今回は「桃」について深読みしながら考えてみたいと思います。

「古事記」の中で、イザナギの命は桃を投げつけることで「黄泉の国から追いかけてくる鬼の軍勢を払い」ます。桃は「邪気(鬼)を払う霊力が備わった果物」として登場するわけです。


あの女神の身體中に生じた雷の神たちに澤山の黄泉の國の魔軍を副えて追わしめました。そこでさげておいでになる長い劒を拔いて後の方に振りながら逃げておいでになるのを、なお追つて、黄泉比良坂の坂本まで來た時に、その坂本にあつた桃の實を三つとつてお撃ちになつたから皆逃げて行きました。そこでイザナギの命はその桃の實に、「お前がわたしを助けたように、この葦原の中の國に生活している多くの人間たちが苦しい目にあつて苦しむ時に助けてくれ」と仰せになつてオホカムヅミの命という名を下さいました。(古事記より)


桃太郎が、桃から産まれた理由

なるほど。桃には鬼を退治する力があるのか・・・と、ここでみなさんの頭には、あの有名な物語が思い浮かぶと思います。そう「桃太郎」ですね。

桃太郎は「桃から産まれる」ことに意味があり「桃太郎」と名付けられることで「鬼退治の役割」を担っているという象徴になるわけです。流れてくる果物は柿でも林檎でもなく、桃でなければいけなかった。「川からどんぶらこ、と流れてきた桃から子供が産まれた」という背景には、このような意味が込められていたのです。

これから小説や、映画、絵画などを鑑賞する際に「桃」が登場した場合は「これは邪気を払う象徴なのではないか?」と、深読みしてみるのも面白いと思います。もしもそうであれば、作者の意図を汲み取って理解できた、ということだし、そうでなかったとしても、そこから考察をして広げていける面白さがあると思います。ぜひ、いろいろと深読みをして楽しんでみましょう。

三四郎(夏目漱石)にも「桃」が登場

ちなみに、夏目漱石「三四郎」にも、三四郎が上京する場面で「桃」が登場します。

髭のある人は入れ代って、窓から首を出して、水蜜桃を買っている。
やがて二人のあいだに果物を置いて、
「食べませんか」と言った。
三四郎は礼を言って、一つ食べた。髭のある人は好きとみえて、むやみに食べた。三四郎にもっと食べろと言う。三四郎はまた一つ食べた。二人が水蜜桃を食べているうちにだいぶ親密になっていろいろな話を始めた。
その男の説によると、桃は果物のうちでいちばん仙人めいている。なんだか馬鹿みたような味がする。第一核子の恰好が無器用だ。かつ穴だらけでたいへんおもしろくできあがっていると言う。三四郎ははじめて聞く説だが、ずいぶんつまらないことを言う人だと思った。
(夏目漱石 三四郎より)

「桃は果物のうちでいちばん仙人めいている。」と、髭のある人は三四郎に語りかけます。さて、なぜ漱石はこの場面で「桃」を登場させたのでしょうか?

これから上京する三四郎には「鬼退治」をする役目があるという暗示? 「仙人めいている」という言葉にも何か意味がありそうな・・・深読みしていくと、なかなか興味深い説を展開できそうですが、みなさんはどのように考えますか?

ただ単純に「漱石が、電車の中で桃を食べた経験」を思い出しながら書いているだけかもしれませんが(笑)もしかすると、背後に何か意味が隠れているかもしれないので、みなさんも深読みしながら楽しんでみてください。

【佐藤ゼミ】桃は鬼を払う果物?


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