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夏目漱石が教える【英語の学習方法】とは?

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これから英語の勉強をしようと考えている皆さんに向けて、夏目漱石が英語の勉強法についてアドバイスしている一節を紹介してみたいと思います。 英語を修むる青年は或る程度まで修めたら辞書を引かないで無茶苦茶に英書を沢山と読むがよい、少し解らない節があつて其処は飛ばして読んで往つてもドシドシと読書して往くと終には解るやうになる、又前後の関係でも了解せられる、其れでも解らないのは滅多に出ない文字である、要するに英語を学ぶ者は日本人がちやうど国語を学ぶやうな状態に自然的慣習によつてやるがよい、即ち幾遍となく繰返へし繰返へしするがよい、チト極端な話のやうだが之も自然の方法であるから手当たり次第読んで往くがよからう 夏目漱石「現代読書法 多読せよ」より一部抜粋 この学習方法には、私も共感するところがあります。私は20年以上、教育の仕事をしてきました。生徒に教える時は、まず最初に「基礎の部分を丁寧に繰り返し」教えていきます。そしてある程度基礎が出来上がったならば、次は「問題演習量を増やす」カリキュラムに変えていくんですね。 基礎を復習することと同時並行で、問題を徹底的に解き続けていく時間を確保していく。受験勉強をしていると、色々と考えてしまって不安になることもあるけれど、まずは問題集を一冊、また一冊と終わらせていくことを目標にする。量をこなすことを優先して問題に触れている時間を増やしていこう、と指導をしていたんですね。 そのようにして学習を進めていくと、6ヶ月とか10ヶ月ぐらい過ぎたあたりで、いつのまにかレベルアップしている自分に気がつく。「なんだか最近、わかる問題が増えてきた」というような生徒が増えていくので、私は現場での指導体験を通してこのような授業をしていたのです。そのようなわけで、漱石先生がこのようなアドバイスをしている、ということを知った時は、すこしだけ自分の指導方法と共通点があるようで嬉しく感じたことを覚えています。 ちなみに「なぜ漱石が、英語の勉強方法について話をしているのか?」と気になった方がいらっしゃるかもしれないので付け加えておきますと、夏目漱石は大学では「英文科」に進学しています。卒業してからは、松山と熊本で英語の先生として教壇に立ちます。その後留学したイギリスでは「英語に関する研究」をして、帰国してからは東京帝国大学の英文科の講師となります。つまり夏

【夏目漱石の手紙】世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが・・・。

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今回は、これから新しいことに挑戦してみたいと考えている人、何かを表現したいと考えている人に向けて、 夏目漱石が芥川龍之介と久米正雄に向けて書いた手紙 の一節を紹介してみたいと思います。   世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。それだけです。 夏目漱石が、芥川龍之介 久米正雄に宛てた手紙より(一部抜粋) 暗闇の中に火花が見えた時、私たちはそちらに目を向けますよね。そして「明るいな」とか「綺麗だな」と感想を持つ。 感想は持つけれど「記憶」に残ることはない。 何かを表現していこう、ものづくりをしていこうと試みるのであれば、大切なことは「根気」なのだと。うんうん押して、地道に積み重ねていくことが大切なのだと、漱石は芥川と久米に伝えているのですね。 確かに、この考え方は現代を生きる私たちにも必要な言葉だと思います。実際に私は、今までに様々な経営者の皆さんと一緒に仕事をさせていただいてきたのですが、10年20年と事業を継続させている人たちは、 地道な作業をコツコツと継続していることが共通点のひとつ であったと私は感じています。 10年以上一緒に仕事をさせていただいた職人さんがいたのですが、 いつ連絡をしても作業場でコツコツと仕事をされていて、時間をかけて丁寧に作業を続けている姿がとても印象的な方 でした。残念ながら、その職人さんは亡くなってしまったのですが、本当に亡くなる直前まで、これからも仕事を続けていく、まだまだ頑張らなくてはいけない、という気持ちでいっぱいの方でした。今でも、その職人さんのことを考えると「佐藤さん、この前このような仕事をさせてもらいましてね」と熱っぽく話してくださったことを思い出します。そして、自分ももっと頑張らなくてはいけない、と背筋が伸びるような気持ちになります。 もちろん、起業して仕事を続けていくには、表舞台に立って人目を集めるような仕事も必要です。見てもらえなければ存在しないので、 まずは知ってもらうことが大切です。 しかしそれと同時並行で、根気よく地道に推し進めていく仕事も必要です。せっかくチャンスがやってきても、 実力不足ですぐに息切れしてしまっては 意味がありません。そして、そのような人には次のチャンスが与えられないかもしれないからです。 実

【文章力を磨け】学校の成績だけで、才能を決めてはいけない。

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「文章を書くのが苦手です。国語の成績も悪かったし、才能がないんですよね……」 という相談を受けることがあります。この質問に対しまして、私自身の経験を踏まえて少しお話ししてみたいと思います。 まず最初にお話ししておきたい事は、 私(佐藤)は 国語の成績が5教科の中で1番悪かった ということです。5段階評価で、一番よくて4だったと思います。小学校語5・6年生の時の担任の先生に添削してもらった時には「佐藤、お前の文章はよくないよ。面白くない」と厳しめに指導された経験もあります。 クラスメイトに作文が得意なT君という生徒がいたのですが「Tの作文を読んでみろ。こういう文章がいいんだ」などと言われました。そこで私も書き直してみるんですけど、自分では「なかなかよく書けたな」という部分があっても「ここが全然ダメだ」と、 赤ペンで全部削除されてしまう んですね。そんな体験があったので「自分は文章を書くのが苦手なんだ」と子供の頃から思っていました。 今でこそ、クリエイターと呼ばれる仕事をしていますが、当時はそんな感じで「自分にはクリエイター方面の才能はない」と思っていたので、 就職する時も全く別の方向 へ進みました。 そもそもそちらの方向へ進もうとさえ思わなかったのです。 ところが私の場合は、私が書いたキャッチフレーズがちょっとした賞をいただいて 「自分にも少し、何かを書く力があるのかな」 と思うきっかけがあったんですね。そして、雑誌の取材を受けた時に、ライターさんから 「佐藤さんは、広告とかキャッチフレーズを書く才能がありますね。コピーライターとしてやっていけると思いますよ」 などと盛り上げていただいて「自分にもできるのかな」と。そんな感じで、少しずつ仕事として文章を書くようになったのが、30歳過ぎてからなのです。決して早くないし、若手のころからバリバリに評価を受けていたというわけではないのです。 私と同じように、学校の成績が良くなかったから、とか「お前の文書は良くない」と言われてなってトラウマのようになっている人もいると思います。しかしそれはあくまでも 学校の先生の視点からの指導であり、教科書の範囲での評価 なので「表現する力」を正しく評価してるわけではないと思います。あくまでも「あるカテゴリーの中」での評価です。 これから文章力を磨いていきたいとか、何かを表現していく力を磨いてい

夏目漱石「行人」あらすじ解説

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夏目漱石「行人」のあらすじを解説します。 今回は「普段の授業を再現してみよう」と考え、じっくりと解説を始めてみたところ想像以上に長くなり、 3時間を越える録音時間 となってしまいました。さすがに3時間は長すぎるだろうと、ざっくりと編集をして「1時間50分」にまとめたのですが、それでも長いですよね・・・。 画面を見ずに、聞き流しでも理解できるかと思いますので、年末の掃除をするときのBGMなどでご活用願います。そして全編を完走された方がいらっしゃいましたら、感想などいただけると幸いです。 しかし語れば語るほど「もっと、この部分をくわしく」という内容が出てきて、おそらく5〜6時間程度ならぶっ通しで授業ができるような気がします。機会があれば、教室で受講生のみなさんと議論をしながら一緒に読み込めたら楽しいだろうな、などと空想しています。 そして、今回あらためて「行人」を読み返してみて「漱石のすごさ」を再確認しました。このクオリティの作品を新聞連載で執筆するなんて、いったいどのような脳をしていたのでしょうか。漱石の脳は東京大学の医学部に保管されているということなので、一度拝見してみたいような気がしたいような、したくないような。 【関連】 夏目漱石に関する記事一覧 ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬筆者: 佐藤のtwitter 佐藤ゼミでは、文学作品を通して「考えるヒント」を提供していきます。夏目漱石・芥川龍之介・太宰治・宮沢賢治など、日本を代表する文豪の作品から海外文学まで、私(佐藤)が読んできた作品を取り上げて解説します。ぜひご視聴ください。そして何か気になる作品がありましたら、チャンネル登録&高評価で応援お願いします。こちら↓ ☈ 佐藤のYoutubeチャンネル「佐藤ゼミ」

【佐藤ゼミ】オンライン文学講座(PV)

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一年前くらいに制作した 【佐藤ゼミのPV】 がMacに残っていました。ほんの一年前のことなのに、随分前のことのように思えます。そして、今年もあとのこり一ヶ月。使い古された言葉ですが「時間がすぎるのは早い」ですね・・・。 そんなわけで、せっかくなので公開してみたいと思います。 ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬筆者: 佐藤のtwitter ☈ 佐藤のYoutubeチャンネル「佐藤ゼミ」

夏目漱石【それから】を読む「精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なっている。」 

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今回は「それから(夏目漱石)」から、主人公の代助と平岡が会話をしている場面を紹介します。代助は仕事をせずに、実家から仕送りを受けて生活をしている「高等遊民」です。そんな代助に平岡は「なぜ働かないのか?」と質問します。代助は近代化と経済を発展させることに邁進している当時の社会を批評しつつ、このように説明していきます。 こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なっている。のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。 (それから 夏目漱石より) 当時の日本は西欧にならい急速な近代化をおしすすめていました。当然ながら、そこには「ゆがみ」が生じるわけですが「考えられない程疲労」している国民は、思考を止めて目の前のことを考えるだけで精一杯です。このような状況は、精神と身体を不幸にし、道徳も敗退していくだろう。だから、自分は「働かない」のだ、と代助は主張していきます。 世の中が「ゆがみ」や「矛盾」を抱えながら動いていくと、それはやがて「道徳」の崩壊を引き起こすだろう。代助の言葉を通して語られる、漱石の文明批評は現代社会が抱えている状況を予測していたかのような、深い考察が感じられます。 代助は自分の意見を口にしたあと、その場に同席していた平岡の妻(三千代)にこう問いかけていきます。 「三千代さん。どうです、私の考は。随分呑気で宜いでしょう。賛成しませんか」 「何だか厭世の様な呑気の様な妙なのね。私よく分らないわ。けれども、少し胡麻化していらっしゃる様よ」 (それから 夏目漱石より) 三千代は、代助の中にどこか「胡麻化して」いるものを感じています。代助は何を胡麻化しているのか、それは何を引き起こしていくのか。この続きは「それから」を読んでみてください。 【佐藤ゼミ】夏目漱石【それから】を読む 【関連】 夏目漱石「三四郎」を読む 夏目漱石に関する記事一覧 ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬筆者: 佐藤のtwitter ☈ 佐藤のYoutubeチャンネル「佐藤ゼミ」

外国文学と「翻訳」の密接なる関係【宝島編】

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外国文学作品を読む時、翻訳が変わると、どのくらい印象が変わるものなのでしょう? 今回は「宝島(スティーブンソン)」をテキストに、3つの翻訳作品を比較して、その違いや奥深さを楽しんでみたいと思います。 【佐藤ゼミ】外国文学作品と「翻訳」との関係(宝島編) ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬: 佐藤のtwitter 【佐藤ゼミ】では「もっと文学作品を楽しみたい」あなたへ、考えるヒントを提供していきます。本格的な文学解説から、文豪の名言や言葉などを、わかりやすく掘り下げていきます。読書を通して教養を深めたい社会人から、学生まで、文学作品を楽しみたい人はチャンネル登録を。 ☈ Youtubeチャンネル「佐藤ゼミ」

【芥川龍之介】「鼻」の主人公について(設定から文学作品を読み解く)

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今回は【佐藤ゼミ】に寄せられた<芥川龍之介『鼻』の主人公(禅智内供)についての質問>に回答しました。登場人物の設定を通して、作者はどのようなことを試みているのか? そのような視点から作品を考察していきます。 【Youtube版 佐藤ゼミ】   ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬: 佐藤のtwitter 【佐藤ゼミ】では「もっと文学作品を楽しみたい」あなたへ、考えるヒントを提供していきます。本格的な文学解説から、文豪の名言や言葉などを、わかりやすく掘り下げていきます。読書を通して教養を深めたい社会人から、学生まで、文学作品を楽しみたい人はチャンネル登録を。 ☈ Youtubeチャンネル「佐藤ゼミ」

【読書体験】私の「冒険心」は「宝島」で、つくられている。

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【 佐藤ゼミ 】では、ずっと日本文学作品を紹介してきたので、私(佐藤)は日本文学ばかり読んでいる人という印象があるかもしれない。いや、実は(と、わざわざ強調するほどのことでもないのだが)子供の頃の私は海外文学を読んでいた。日本文学作品を意識して読むようになったのは、中学生になってから。つまり 私の「読書体験」の出発点は、海外文学だった というわけです。 今回は、私が子供の頃に読んでいた作品の中から「宝島(ロバート・ルイス・スティーヴンソン著)」を紹介してみたいと思います。 【佐藤ゼミ】私の「冒険心」は「宝島」で、つくられている。 ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬筆者: 佐藤のtwitter ☈ 佐藤のYoutubeチャンネル「佐藤ゼミ」

文学作品を、もっと楽しむ方法【夏目漱石 三四郎編】

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夏目漱石の作品は明治から大正に書かれています。文学作品は「その作品が書かれた時代」を背景に執筆されていますから「当時の時代背景を踏まえて読む」ことで、作品のもつ「おもしろさ」を見つけることができると思うのです。 たとえば、夏目漱石の「三四郎」には、このような場面があります。 「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、「滅びるね」と言った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。 (夏目漱石 三四郎) こちらは、主人公の三四郎が熊本から上京する電車の中で相席になった男と、会話をする場面です。「男」は三四郎に対して「あなたは東京がはじめてなら、まだ富士山を見たことがないでしょう。今に見えるから御覧なさい。あれが日本一の名物だ。あれよりほかに自慢するものは何もない。(同)」と、日本が自慢できるのは富士山くらいだ。日本は発展するどころか滅びるだろう、といった発言をします。 現代を生きる私たちがこの一節を読んだとしても、そこまで強い印象は受けないかもしれません。「滅びるね」のような露悪的な発言や、軽口を叩く人って時々いるよね、といった程度で流してしまうかもしれません。 日本が見落としているもの。これから、見落としてしまうもの。 この作品が書かれた明治という時代を考えてみましょう。欧米諸国の制度や文化にならい「近代国家」を目指して急速に変化をしていた激動の時代。作品の中に「明治の思想は西洋の歴史にあらわれた三百年の活動を四十年で繰り返している。(同)」と書かれているように、現代の私たちが想像している以上の速さで近代化が進んでいたことが想像できます。そして、1904年(明治37年)には日露戦争がありました。 このような時代背景の中、三四郎は1908年(明治41年)に朝日新聞に連載されます。登場人物が口にする「滅びるね」という台詞の印象が変化したのではないでしょうか? 作者の夏目漱石は『日本が見落としているもの』を見抜き、作品の中で批評していたことが感じられます。 時代を越えた、俯瞰的な文明批評 三四郎は青春小説であり、男女の恋愛についてかかれた物語です。しかし、その背後にある作者の文明批評の視点に目を向けると、時代を越えた俯瞰的な批評が存在することに気がつきます。漱石は現代の私たちが直面している問題を、

【文豪エピソード】志賀直哉が夏目漱石と面会した時のことを、芥川龍之介が書く。

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志賀直哉が、はじめて夏目漱石と面会した時の様子を「芥川龍之介」が書いた作品があります。 文豪と文豪の面会の様子を文豪が書く。 かなり豪華なラインナップですね。それでは紹介してみたいと思います。 先輩の志賀直哉君がある日先生をはじめて訪ねまして、例の書齋に通された。先生は机の側の座布團に嚴然と座り、さあ何處からでもやつて來いと言はぬ許りに構へ、禪坊主が座禪の時のやうに落着いてゐるので志賀君どこへもとりつく島がなく默然と先生の前に控へたが、膝頭がガタガタとふるへ出して益々心細くなつて來た頃一匹の蠅が飛んで來て先生の鼻の横つちよに留まつた。先生はその蠅を追ふために手をあげたら、志賀君も救はれたのですが、先生は嚴然としたまゝ頭を横に一つ強くふつてその蠅を追つた……ので志賀君はいよいよ困つてしまつたといふ話がありますが其時の志賀君の震ひ方がよ程強かつたものと見え、志賀君が歸つた後で先生の奥さんが先生に『あの方は心臟病か何かでせう』と言つたといふことです。 (芥川龍之介「志賀君と先生」より) 志賀直哉も夏目漱石と面会するとなると、かなり緊張していたようです。しかし漱石先生は、僧侶が坐禅をしている時のように落ち着いて座布団の上に座っている。あまりの緊張感に膝が震えるほどに緊張する志賀直哉。漱石先生の前に出るだけでも緊張するのにこの状況では、確かに膝も震えてしまうでしょう。私などは意識が遠のいて真っ白になるか、逆に取り乱して突拍子もない発言や行動をしてしまうかもしれません。 そんな時、ちょうどいいタイミングで漱石の鼻に蝿が。これは絶好のネタになりそう。これをきっかけに会話が生まれるか、と思いきや蝿を手で払うどころか、顔を横に振っただけで澄ましている漱石先生。まったく状況が変化せず、志賀直哉は困ってしまった、というエピソードです。 そして、このエピソードを書いた芥川龍之介。芥川は自分が初めて漱石を訪問した時のことを思い出しつつ、ニヤニヤしながら作品を仕上げたのではないでしょうか。二人の文豪の様子を、もう一人の文豪がニヤニヤしながら原稿用紙に書いていく。その状況を想像すると、志賀直哉には申し訳ありませんが、どこかほのぼのとした気分になってきます。 ちなみに漱石は、このころはまだ新進作家だった志賀直哉を高く評価していて、朝日新聞の連載小説に抜擢しています(残念ながら、この時の話は

【太宰治】君に今、一ばん欠けているものは、学問でもなければお金でもない。

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今回は「風の便り 太宰治」を紹介します。 この作品は、38歳の「売れない作家 =木戸一郎」と、50歳を越えた「ベテラン作家 = 井原退蔵」との往復書簡という形で構成されています。 木戸は 「二十年間、一日もあなたの事を忘れず、あなたの文章は一つも余さず読んで、いつもあなた一人を目標にして努力してまいりました(風の便りより)」 と、長年にわたる井原の愛読者です。そして自分も作家になったわけですが、なかなか実を結ばずに苦労している。そんなおりに 「一夜の興奮から、とうとう手紙を差し上げ(同)」 井原に手紙を書いたところ返事がきて、それから手紙のやり取りが始まっていきます。 君に、いちばん欠けているもの 木戸は現在の自分の状況を悲観し、哀れみ、仕事がうまくいかない悩みを井原に書き送ります。井原はそれに対し、感想や批評の返信をするのですが、木戸は 「まるで逆上したように遮二無二あなたに飛び附いて、叱られ、たたかれても、きゃんきゃん言ってまつわり附いて(同)」 とあるように、どこか素直になれない。いじけたような長い返事を書き送ります。 井原はそんな木戸に対して「 君はまさしく安易な逃げ路を捜してちょろちょろ走り廻っている鼬のようです。(同) 」と厳しい批評を加えながらこのような一文を書き送ります。 君に今、一ばん欠けているものは、学問でもなければお金でもない。勇気です。 二人の太宰治 この作品では「木戸と井原」という、対照的な二人の作家を通してそれぞれの人生観が語られていきます。しかし私は、この二人とも「太宰治自身」であるように感じられます。 「卑屈に拗ねて安易に絶望と虚無を口にして、ひたすら魅力ある風格を衒う =木戸」 「いつでも、全身で闘っている。全身で遊んでいる。そうして、ちゃんと孤独に堪えている。 = 井原」 この両極端の人格が太宰の中に存在していて、互いに批評しあっている。客観的には井原のように振舞いたい。「君の手紙は嘘だらけだ」と切り捨て「作家は仕事をしなければならぬ。」と、淡々と作品を書いていきたい。しかし現実の自分は、木戸のように振舞ってしまう。相手に甘えているくせに「深く絶望した」と、自分から逃げてしまう。そして、どちらも自分自身だから、切り離すことはできない厄介さ。そのような様子が描かれていると感じます。 もう一人の自分と、共存できない自分 そ

【夏目漱石】夏目君が会議に出ると、何となく賑やかになった。(「朝日」の頃より)

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夏目漱石、というとどのようなイメージが浮かびますか? いつも難しそうな顔をして、会議の席などではつまらなそうに座っている。そして何も言わずに時間がくると一番最初に席を立ってしまう。好きな人とは親しく話すけれど、不特定多数の人がいる場では必要以上に交流をとろうとしない。 私は、そんなイメージを抱いて いました。 ところが実際の漱石先生は、意外にフレンドリーな雰囲気で会議に参加していたようです。今回は、漱石が朝日新聞の編集会議に参加している様子を解説した文章を紹介してみたいと思います。 その頃の夏目君は小説を書いてゐるばかりで、社へはあまり出て来なかつた。一週に一回、水曜日の編輯会議には必ず出て来たが、会議の席ではにこにこと笑ひながら人の言ふ事を聞いてゐるばかりで、自分はあまり何もいはなかった。言へば必ず思ひがけぬ警句を、すまして言ふので、その度毎に皆は笑つた。だから物数はいはぬが、夏目君が会議に出ると、何となく賑やかになった。(「朝日」の頃 杉村楚人冠より) 夏目漱石は、朝日新聞の社員でした。とはいえ毎日出社するわけではなく、作家としての契約で時々会議に出席する以外は自宅で執筆をする、いわば「在宅勤務」といった契約でした。今回紹介した文章は、漱石が朝日新聞の編集会議に参加している様子なのですが「にこにこと笑いながら人の話に耳を傾けている」「言葉数は少ないが、巧みな言葉を口にするのでそれを聞いた参加者は笑った」と、いうような様子が書かれています。 しかめっつらどころか笑顔を浮かべつつ、辛辣な言葉ではなく巧みな言葉で場を和ませる。どうやら私が想像していたものとは異なり 「知的で穏やかに、そして紳士的にふるまう」 雰囲気で会議に参加した様子が伺われます。 食事に誘うと、必ず参加する漱石先生 さらにこの文章の後に 「会議のあとに食事に誘うと必ず来てくれて、難しい話をするわけではなく世間話をしていた」 という描写も続くので、仕事の後の人付き合いも良好。どうやら、私が想像していた様子とは真逆だったようです。 もちろん「仕事」に対しては真摯にかつ忖度なく「はっきりと自分の意見を言う」ため、その様子が誤解されて伝わっていたようだ、と作者は考察しています。確かに、漱石先生は相手が どんなに偉い人でも「ダメなものはダメだ」ときっぱり評価 を下しそうです。同時に相手が新人で社会的に

【夏目漱石】創作家としての先生は晩成の人である。(松山から熊本 山本信博より)

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若手の人たちが活躍している様子を見ると、頼もしくも、またうらやましく感じるものです。そして年齢を重ねてしまった自分の姿と比較して「ああ、もうオレはだいぶ歳をとってしまった。あのように活躍することもないだろう」などと、いじけた気分になる時もあるでしょう。今回は、そんなことを考えてしまう人へ紹介したい一文があります。 創作家としての先生は晩成の人である。年少名を成し易き今日の文壇では、確に晩成の部に入る可き人である、そして此晩成が即ち先生の強味であると思ふ。修養蘊蓄に年月を費して、内容がはち切れる迄充実した所で、其蘊蓄を傾けた者が即ち先生の作物である。(松山から熊本 山本信博より) これは夏目漱石の生徒だった山本信博氏が、漱石について書いた一文です。漱石が「吾輩は猫である」を発表したのが、39歳の時。明治・大正時代の平均年齢は44歳前後ということですから「遅咲きの作家」といえるでしょう。 しかし山本氏によると 「晩成が即ち先生の強味」 ということになります。漱石の作品は、年齢を重ねて溢れるばかりに充実した知見を土台に産み出されたものである。一朝一夕につくられたものではない。だからあのような素晴らしい作品となったのだ。そのように説明していきます。 人生を100年、と考えるなら これは、私たちにも必要な視点だと考えます。私たちはとかく「若くして評価を受けたい」と望んでしまうものでしょう。20代、いやできれば10代で評価され衆目を集めたい。世の中に自分の居場所を作っていきたい。そのように願う気持ちがあると思います。 しかし「人生100年」と考えるならば、50代が折り返しになります。極端に考えてみるならば、前半の50年を知識の形成と体得することに費やし、後半の50年で「はちきれるように充実した」それを原動力に活動していくこともできそうです。なによりも「もう自分には無理だ」と、何もせずに過ごしてしまった時間。それは、10年後、20年後の自分から見れば 「どうしてあの時、もっと頑張らなかったのだろう」と情けない気分 になるでしょう。 夏目漱石は圧倒的な天才であり、あのような仕事は誰しも成し遂げられるものではありません。しかし、ささやかながら世の中に役立つことは、50年もあれば実行していけそうです。「自分は晩成だから」と焦らず修養を続け繰り返していく。自分を信じて挑戦を

【奥の細道】閑さや岩にしみ入る蝉の声(松尾芭蕉)

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先日、公園へ行ったところ周囲に蝉の声が響き渡っていました。蝉の声を聞くと「夏休み」という感じがします。そして、頭の中にこの一句が思い浮かびました。 閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声 こちらは、 松尾芭蕉が山形県の立石寺 で詠んだ一句です。「なんという閑かさだろう。蝉の声が岩に染み込んでいくようだ」と、立石寺の静寂な場に蝉の声だけが響き渡っている。そんな夏の情景を表現した作品です。みなさんも国語の時間に、勉強した記憶があるのではないでしょうか。 松尾芭蕉は「奥の細道」の中で立石寺を訪問した時の様子をこのように記しています。 梺の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。 岩に巌を重ねて山とし、松栢年旧土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉てものの音きこえず。 岸をめぐり岩を這て仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行くのみおぼゆ。 「奥の細道」より 簡単に現代語訳をしてみますと「麓に宿をとって、山の上にある本堂を目指して登っていく、岩を重ねてできたような山の姿。時間を感じさせる見事な木々と苔に覆われた道を登って山上に着くと、お堂の扉は閉じられていて静まりかえっている。崖のように切りたった道を這うようにして通り参拝する。そこから見える風景はすばらしく、心が澄み渡っていくのが感じられる。」このようになるかと思います。 私の「立石寺」体験 私は大学で「奥の細道」の授業があったのですが、夏休みに「せっかくだから立石寺へ行ってみよう」と電車に乗って現地へ行ったことがありました。その時に見た風景は、松尾芭蕉が表現しているそのままの世界が広がっていて驚いたことを覚えています。 山門をくぐって、800段を越える石段をあがっていく。木々に囲まれた細い山道は蝉の声に満ち溢れていて、音が身体に突き刺さって通り抜けていくかのような鮮烈さを感じる。その時私は「ああ、松尾芭蕉は、この情景を『岩にしみ入る』と表現したのだろう。たしかに、硬い石にさえ染み込んでいくような圧倒的な密度と鮮烈さを感じる蝉の声だ」と、 すこしだけ芭蕉が感じた世界に触れられたような、わかったような気分 になってうれしくなったことを覚えています。 立石寺は、山門から本堂まで、私の足ですと歩いて30分ほどかかります。石段が続いていくので少々くたびれますが、その先に見える景色、そして目の前に広がる風景は、汗を流した以上の

【絵本】はじめてのキャンプ 林明子 をよむ

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今週の【佐藤ゼミ】は 「はじめてのキャンプ(林明子)」 を紹介します。  ちいさな女の子「なほちゃん」が、はじめてのキャンプに参加して成長していく様子を描いた物語。読んでいると、忘れていた「こどものころの記憶」が蘇ってきて、ほのぼのとした心地よい気持ちになってきます。  夏休みにキャンプを計画している人も、これからキャンプに挑戦したい人も、今までのキャンプの思い出にひたりたい人にもおすすめの一冊です。 【佐藤ゼミ】はじめてのキャンプ(林明子)を読む ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬筆者: 佐藤のtwitter ☈ 佐藤のYoutubeチャンネル「佐藤ゼミ」

【宮沢賢治】注文の多い料理店 を読む。(あらすじ解説)

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「注文の多い料理店」あらすじ 今回は「宮沢賢治 注文の多い料理店」を紹介します。それではまず最初に、この作品の「あらすじ」を解説しましょう。 主人公は「二人の若い紳士」です。二人は「ぴかぴかする鉄砲」をかついで、趣味の狩猟に山に入ったのですが、その日は成果が上がらず道にも迷ってしまいます。案内人ともはぐれてしまい、風も強くなってきて連れてきた犬も死んでしまいます。ほとほと困っていたところ、突然二人の目の前に「西洋料理店 山猫軒」いう札がかかげられたレストランが見えてきます。 これはちょうどいい、と大喜びでそのレストランに入る二人。その店は不思議な構造で、次々に扉を開けながら先に進んでいかなければいけません。そしてその扉には、 「お客さまがた、ここで髪をきちんとして、それからはきものの泥を落してください。」 「鉄砲と弾丸をここへ置いてください。 」 などと、二人に対する指示が書かれています。二人は「作法の厳しい家だ。きっとよほど偉い人たちが、たびたび来るんだ。」と考え、指示に従いながら店の奥に進んでいきます。すると、 「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」 「どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください。」 書かれている内容が不可解なものに変わっていきます。そこでようやく二人は「これは料理を食べさせてくれる店ではなく、自分たちが食材になって食べられる店なのだ」ということに気がつき、探しにきた案内人に救われて命からがら逃げ出して行く。このような話です。 注文の多い料理店は「ユーモラス」な話? 私は、はじめてこの作品を読んだ時、不思議でユーモラスな「おもしろい話」だと感じました。自分たちが食べられる準備をしているのに「ここの主人はじつに用意周到だね。」と、勘違いをしながら先に進んでいく二人の様子が滑稽で、でも「食べられなくてよかったね」とハッピーエンドの物語だと思っていたのです。 ところが、宮沢賢治自身が書いた 「注文の多い料理店 新刊案内」 には、この作品についてこのように解説されています。 注文の多い料理店 二人の青年紳士が猟に出て路を迷い、「注文の多い料理店」にはいり、その途方もない経営者からかえって注文されていたはなし。糧に乏しい村のこどもらが、都会文明と放恣な階級とに対するやむにやまれない反感です。

【文学】臆病でなくして、文明人としての勇気だと思うよ。(マスク 菊池寛より)

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菊池寛「マスク」を読む 今回は「菊池寛 マスク」を紹介します。 まず、この作品の時代背景を説明しましょう。作品が発表されたのは1920年。この頃の日本は 「スペイン風邪(スペイン・インフルエンザ)」 が流行していました。資料によると「日本では38万人が亡くなった」という記録からも、非常に深刻な感染症だったことがわかります。 「マスク」は、この頃の東京の様子が書かれた作品です。主人公は「菊池寛」自身と考えていいでしょう。つまり、彼が体験し考察したことが書かれた自伝的な作品であると考えてよいと思います。 主人公は肥満体質で、いわゆる生活習慣病を抱えています。胃腸の調子が悪くて医者に診察してもらった時に、太りすぎて心臓に負担がかかっていること。このままだと心臓疾患で急死する可能性もあること。そして、 「チフスや流行性感冒に罹つて、四十度位の熱が三四日も続けばもう助かりつこはありませんね」 と指摘されてしまいます。これに脅えきってしまった主人公は、最善の感染予防策をとることを決意し実行します。外出や人との接触を避け、やむなく外出する時はマスクをつけうがいをする。友人や妻は、そんな主人公の臆病な様子を見て笑います。自分自身も神経衰弱に罹っているかもしれない、と自覚しつつも恐怖には勝てずに予防を続けます。 マスクを掛け続ける主人公 三月になり暖かくなってくることにともない、感染の脅威が衰えていきます。マスクを掛けている人も殆どいなくなります。しかし主人公はマスクをはずしません。 病気を怖れて伝染の危険を絶対に避けると云う方が、文明人としての勇気だよ。誰も、もうマスクを掛けて居ないときに、マスクを掛けて居るのは変なものだよ。が、それは臆病でなくして、文明人としての勇気だと思うよ。 このように弁解しつつ、マスクを掛け続けます。そして、外出している時に、自分と同じようにマスクを掛けている人を見ると「 自分は、非常に頼もしい気がした。ある種の同志であり、知己であるやうな気がした」 と感じ、自分だけがマスクを掛けているという照れ臭さから逃れつつ「自分は真の意味での衛生家である、文明人である」と誇りを抱いたりします。 マスクを外した主人公の前に、あらわれた青年 しかし、五月になり初夏の太陽に照らされる季節になると、さすがにマスクを付けることが不愉快になってきます。もうこの

【夏目漱石 こころ】「君の気分だって、私の返事一つですぐ変るじゃないか」

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今回は「夏目漱石 こころ」の一場面を紹介します。「私」と「先生」は二人で散歩にでかけます。あてもなく歩き回ったあと、日がくれたのでそろそろ帰ろうということになります。その時に二人で会話をする場面です。 門口を出て二、三町来た時、私はついに先生に向かって口を切った。 「さきほど先生のいわれた、人間は誰でもいざという間際に悪人になるんだという意味ですね。あれはどういう意味ですか」 「意味といって、深い意味もありません。――つまり事実なんですよ。理屈じゃないんだ」 「事実で差支えありませんが、私の伺いたいのは、いざという間際という意味なんです。一体どんな場合を指すのですか」  先生は笑い出した。あたかも時機の過ぎた今、もう熱心に説明する張合いがないといった風に。 「金さ君。金を見ると、どんな君子でもすぐ悪人になるのさ」  私には先生の返事があまりに平凡過ぎて詰らなかった。先生が調子に乗らないごとく、私も拍子抜けの気味であった。私は澄ましてさっさと歩き出した。いきおい先生は少し後れがちになった。先生はあとから「おいおい」と声を掛けた。 「そら見たまえ」 「何をですか」 「君の気分だって、私の返事一つですぐ変るじゃないか」  待ち合わせるために振り向いて立ち留まった私の顔を見て、先生はこういった。 (夏目漱石 こころ)より 語り手の「私」は「先生」に「人間は誰でもいざという間際に悪人になる」という言葉の意味について質問します。ところが先生の返事は「私」が期待したものではなく「平凡すぎてつまらなく」感じられる内容でした。「私」は拍子抜けした態度を隠そうともせずに歩き出す。その様子を見た「先生」が 「君の気分だって、私の返事一つですぐ変るじゃないか」 とこころというものは、今のあなたのようにすぐに変わるものなんだよ、指摘する場面です。 人間の「こころ」は、すぐに変わる。 それまでずっと貫いてきたこと、大切にしてきたことでも、すぐに変わってしまう。「金」や「ことば」など普段は「そんなもの」と考えているようなことがきっかけで変わってしまう。「私」の態度を指摘しながら「先生」は語りかけます。 「私」は、この日「先生」が口にした言葉の背後にある「意味」を理解することができません。 両者には「さびしいすれ違い」が起きています。 「私」は「先生」が亡くなってしまってか

【音声配信】10ヶ月続けてみた感想。(40代の私が、Podcastを始めたきっかけ)

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現在私は 【佐藤ゼミ ラジオde文学入門】 というPodcastを配信している(Spotfy ApplePodcast stand.fmにて配信中。「佐藤ゼミ 文学」で検索すると表示されると思います)。今月(6月)で配信開始から10ヶ月が経過した。あれから10ヶ月も過ぎてしまった、という時間の経過の早さにも驚くが、とりあえずここまで続けてきた感想を書き留めておこうと思う。 PodCastを始めたきっかけ もともと私は Youtubeで【佐藤ゼミ】 を配信していた。顔出しせずに音声のみで配信していたのだが、ふと 「音声だけならPodcastでもいいのではないか」 と考えたのが音声配信を始めたきっかけだった。Podcastとは? 一般の人でも登録できるの? などと基本的な部分から調べてみたところ、どうやら簡単に配信できるらしいことがわかり、さっそく試してみることにしたのだった。これが今から10ヶ月前の話。 まずはYoutube用に制作したデータから音声だけを抜き出して、Podcast配信を始めることにした。つまり「ひとつのコンテンツ」をYoutubeとPodcastに同時配信したわけである。実際に配信したのを視聴してみると、想像以上に違和感がない。このままでいけそう。「一粒で二度おいしい」というキャッチフレーズがあるが、まさにそのような気分で意気揚々(?)と始めてみたのだった。 登録者は微増。しかしリピーターは多め? 実際に始めてみると「登録者」は番組を投稿する度に数名ずつ、じわりじわりと増えていくような感じだった。ただ、Youtubeは再生回数に波があって伸びるコンテンツと伸びないコンテンツとの差が大きいのだが、 Podcast(音声配信)の場合は一定の再生数が継続 するのが印象的だった。 あくまでも私のレベルでの体感なのだが、 音声配信の場合は「一度気になった番組は、その後も聞き続ける」 人が多いのではないかと思う。Youtubeの場合は「画面を見る」必要があるので移動中や作業中に視聴するのは面倒だが、音声配信の場合は「聞き流し」ができるので気軽に再生できるからではないか、と想像している。 「おすすめチャンネル」に選ばれる 先月、 Stand.fmで「おすすめチャンネル」 に掲載していただけたため、再生数が一桁上がるという幸運にも恵まれた。やはり視聴回数が増えて