【夏目漱石】夏目君が会議に出ると、何となく賑やかになった。(「朝日」の頃より)
夏目漱石、というとどのようなイメージが浮かびますか?
いつも難しそうな顔をして、会議の席などではつまらなそうに座っている。そして何も言わずに時間がくると一番最初に席を立ってしまう。好きな人とは親しく話すけれど、不特定多数の人がいる場では必要以上に交流をとろうとしない。私は、そんなイメージを抱いていました。
ところが実際の漱石先生は、意外にフレンドリーな雰囲気で会議に参加していたようです。今回は、漱石が朝日新聞の編集会議に参加している様子を解説した文章を紹介してみたいと思います。
その頃の夏目君は小説を書いてゐるばかりで、社へはあまり出て来なかつた。一週に一回、水曜日の編輯会議には必ず出て来たが、会議の席ではにこにこと笑ひながら人の言ふ事を聞いてゐるばかりで、自分はあまり何もいはなかった。言へば必ず思ひがけぬ警句を、すまして言ふので、その度毎に皆は笑つた。だから物数はいはぬが、夏目君が会議に出ると、何となく賑やかになった。(「朝日」の頃 杉村楚人冠より)
夏目漱石は、朝日新聞の社員でした。とはいえ毎日出社するわけではなく、作家としての契約で時々会議に出席する以外は自宅で執筆をする、いわば「在宅勤務」といった契約でした。今回紹介した文章は、漱石が朝日新聞の編集会議に参加している様子なのですが「にこにこと笑いながら人の話に耳を傾けている」「言葉数は少ないが、巧みな言葉を口にするのでそれを聞いた参加者は笑った」と、いうような様子が書かれています。
しかめっつらどころか笑顔を浮かべつつ、辛辣な言葉ではなく巧みな言葉で場を和ませる。どうやら私が想像していたものとは異なり「知的で穏やかに、そして紳士的にふるまう」雰囲気で会議に参加した様子が伺われます。
食事に誘うと、必ず参加する漱石先生
さらにこの文章の後に「会議のあとに食事に誘うと必ず来てくれて、難しい話をするわけではなく世間話をしていた」という描写も続くので、仕事の後の人付き合いも良好。どうやら、私が想像していた様子とは真逆だったようです。
もちろん「仕事」に対しては真摯にかつ忖度なく「はっきりと自分の意見を言う」ため、その様子が誤解されて伝わっていたようだ、と作者は考察しています。確かに、漱石先生は相手がどんなに偉い人でも「ダメなものはダメだ」ときっぱり評価を下しそうです。同時に相手が新人で社会的にまだ評価を受けていなかったとしても「良いものは、良い」と評価していたのではないでしょうか。
そして、このように振る舞える人物だからこそ、多くの門下生を育て「漱石先生」として慕われていたのだろう、と思います。確かに、このような先生の下で学んでみたいですよね。私などでは、あまりにも才能と努力不足で、それとなく距離を置かれてしまいそうですが。
【Youtube版 佐藤ゼミ】