あした勝てなければ、あさって勝つ。【夏目漱石 坊っちゃんより】
困ったって負けるものか。正直だから、どうしていいか分らないんだ。世の中に正直が勝たないで、外に勝つものがあるか、考えてみろ。今夜中に勝てなければ、あした勝つ。あした勝てなければ、あさって勝つ。(坊ちゃん 四)
こちらは、夏目漱石「坊っちゃん」の一場面です。主人公の「坊っちゃん」は、四国の中学校に数学の教師として赴任するのですが、そこで生徒からいたずらを受けるんですね。ところが生徒たちは、自分たちのいたずらを認めようとしない。知らないふりをしている。その様子に腹を立てた主人公が、生徒に正面からぶつかっていく場面です。
正直が勝つ。明日勝てなければ、あさって勝つ。自分が「正直」と信じることに対して、まっすぐに進んでいく。そんな主人公の様子が感じられて応援したくなってきますし、リズム感とスピード感のある文体に乗せられながら、読んでいると妙に元気が出てくる。個人的に「坊っちゃん」の名場面のひとつだと考えています。
漱石の実体験から
「坊っちゃん」は、夏目漱石が松山で教師をしていたときの体験が反映されている、とされています。漱石にとって、松山での生活はあまり心地よいものではなかったようで、正岡子規に宛てた手紙の中でも「貴君の生まれ故郷ながら余り人気のよき処では御座なく候」などと書いてもいます。
当時は学歴によって給料が決まっていたため、東京帝国大学出身の漱石は、校長先生よりも高い給料をもらっていました。江戸っ子の漱石と地元の人達との間には、すこし距離ができてしまったのかもしれません。くわしいことはわかりませんが、どこか漱石の考える「正直さ」と少しだけ違った「何か」があったのかもしれません。そのように、慣れない土地で生活をしている若き「漱石先生」の様子を想像しながら読むのも、また違った発見があるかもしれません。
「坊っちゃん」は勝てたのか?
作品の中には、赤シャツ、野だいこ、など「正直さ」から外れたような人物が登場します。そして「正直さ」を持った人たちが、辛い立場に追いやられていきます。その様子を見た主人公は、彼らと正面から対立していくことになります。はたして「坊っちゃん」は勝てたのか? 正直さを貫いた先には、どのような場面が待っているのか? その結末は、ぜひ作品を読んで確かめてみてください。