【文学】「サヨナラ」ダケガ人生ダ(勧酒 井伏鱒二訳)より
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
みなさんも、どこかでこの一文を目にしたことがあると思います。とても有名な一文ですよね。こちらは作家の井伏鱒二が、唐の詩人「于武陵」の「勧酒」を翻訳したものです。原文は五言絶句なのですが、その最後の一文(結句)になります。
【勧酒】于武陵
勧 君 金 屈 卮
満 酌 不 須 辞
花 発 多 風 雨
人 生 足 別 離
【書き下し】
君に勧む金屈巵
満酌辞するを須ひず
花発きて風雨多し
人生別離足る
井伏鱒二は結句の「人生別離足る」を「「サヨナラ」ダケガ人生ダ」と翻訳したわけです。私は専門家ではないのですが、私なりに直訳してみますと「人生別離足る = 人生は別れに満ちている」と、そのような感じになると思います。確かに人生は別れに満ちている。しかし、それ以上でもそれ以下でもない。そんな印象になってしまいます。
ところが、井伏鱒二の「「サヨナラ」ダケガ人生ダ」を読みますと、原文からさらに大きく世界観が広がって、この短い文章の中に「人生を表すエッセンスが凝縮されている」ような印象を受けてしまいます。
私が、この一文を目にしたのは、確か高校生の時だったと思います。大学生だったかもしれませんが、大体その辺りですね。その時の私は「もしも人生というやつを、一つの文章で表すとするならば、これではないか?」と感じて、とても心が動いたといいますか、非常に感動した記憶があります。言葉の選び方。世界観の広げ方。様々な点から、作家の凄みを感じる翻訳だと私は感じています。
40代の私が、感じたこと
高校生だった私も、現在では40代になりまして、あらためてこの一文を読んでみると様々なことが頭に浮かんでくることを感じます。
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
出会いがあれば、別れは必然。せめて、一つ一つの出会を大切にしていこう、とか。そうだ、さよならだけが人生なのだ。と、静かな気持ちで今までの人生を眺めているといいますか、諦めというよりは、出会いと別れに執着せずに、その時を楽しんでいこう、となどあたかも悟ったかのような気分を噛み締めてみたりもします。そして改めて「井伏鱒二の凄み」を感じたのでした。
(補足)
井伏鱒二訳「勧酒」は「厄除け詩集」に収録されています。個人的には「画本・厄除け詩集」がおすすめです。とても深みのある世界観が広がっていく「画本」です。現在は入手困難のようですが、機会があればぜひ手にとってみてください。