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青森土産に「太宰弁当」を、いただいた話。

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おみやげに「太宰弁当」を
先日、連れが仕事で青森に出張へ行ってきた。帰り際に「おみやげに太宰弁当があるよ!」とメッセージが届いた。「太宰弁当?」そのメッセージを見て、私の頭に浮かんだのは「桜桃」だった。しかし桜桃と弁当の組み合わせはメインになりにくいだろう。

他には・・・そういえば、以前斜陽館へ向かう途中に「太宰は根曲り竹が好きだった」という文章を、どこかで見た記憶がある。根曲り竹なら弁当の具材に最適な気がする。などと、弁当の名前から想像を膨らませつつ連れの帰りを待った。そして、渡されたのが、こちら。



ネーミングは「太宰弁当」キャッチコピーは「太宰治の好物がたくさん詰まっている」。パッケージは、コートを着用し、物憂げな表情を浮かべて木の前に立つ太宰の写真。なるほど、と、何がなるほどなのかわからないのだが、蓋を開けて中を見てみる。

太宰治の好物がたくさん詰まっている
若おいおにぎり、貝焼きみそ、けの汁、馬肉のみそ煮、紫蘇巻き梅干し、紅鮭他と、太宰の好物がしっかりと詰め込まれている。美味しそうである。もちろん「根曲り竹」も入っていた。
「けの汁」も入っていたのだが、汁がないので煮物になってしまっていた。「やはり『けの汁』は外せませんよね?」「そうだね。でも汁ものだから、どうしようかねえ」「汁を抜いて中身だけにするのはどうでしょう?」「それだと『けの汁』じゃなくて『け』になるねえ」などと、失笑しながら企画会議を進めている様子を想像してみる。
「では、ひきわり納豆はどうします?」「うーん。『ひきわり納豆』は津軽発祥だから、そういう意味でも入れたいけどね」「でも、弁当に納豆が入ると気になる人は気になるでしょうし」「よし、今回は『けの汁』採用『ひきわり納豆』は却下でいくか」などと、議論が交わされたりしたのだろうか? そんな舞台裏を勝手に想像しながら食べた。
「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」ちなみに、数年前に弘前へ旅に行った時、個人的に気に入ったのが「けの汁」だった。帰宅後、青森出身の知人に話したところ「今度作ってみますよ。ちょっと待っていてください!」と言われたまま、数年が過ぎてしまった。「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」とりあえず気長に待っているので、この会話に心当たりがある方は連絡をください。楽しみにしています。


関連:
太宰ミュージアム「津軽の味」
旅日…

太宰治まなびの家 (旧藤田家住宅)へ行く。

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私の人生は、運が60%。才能が5%。10月の連休に、旅に出ることにした。初日、まず最初に向かったのは「太宰治まなびの家(旧藤田家住宅)」だ。昨年訪問した「斜陽館」と「太宰治疎開の家」にひきつづき、一度行ってみたいと思っていた場所である。斜陽館も、疎開の家も、そして、学びの家も、高校生の時に太宰の作品を読んでから「行ってみたいものだ」と思いつつ、なかなか行けなかったのだが、一度タイミングが合えば、このようにとんとん拍子で訪問できるわけである。まさに、人生とはタイミングと運である。

ちなみに私の人生は、60%が「運」であると思う。のこりの20%が「偶然」で、さいごの20%が「才能」だと思う。いや才能なんて「5%」くらいかもしれない。ほとんど運と偶然に支えられてきた。年齢を重ねるごとに、そう実感するようになってきた。
太宰治まなびの家(旧藤田家住宅)へ
さて。太宰治まなびの家は、太宰が官立弘前高等学校に在学していた三年間、下宿していた場所である。カーナビを頼りに指示された方向へと進んでいくと、静かな住宅街のなかに「それ」はあった。
斜陽館の時には、案内の看板などが増えていくにしたがって「おお、いよいよ斜陽館が・・・。あの角を曲がったあたりに・・・」と、気分が高揚したものだったが、まなびの家の場合は周辺が住宅街だったこともあり「あれ、ここかな?」というような感じだった。もしかして、あまり見るところはないのかな、というのが第一印象だった。 「学生の頃の太宰」を感じる部屋
しかし、安心していただきたい。当時のままに保存されているという太宰の部屋は、大正時代の面影がそのままに残っている「ああ、まさに、ここだ」というような空間だった。当日は小雨が降っていたのだが、その淡い光量もよかったのかもしれない。いかにも静かで、落ち着いてして、そしてどこか湿っぽい雰囲気が「学生の頃の太宰」を、連想させるような印象を醸し出していた。

太宰は、この部屋で何を見て、何を考え、そして何をしようと思っていたのだろう。芥川に憧れた青年は、自分が文豪と呼ばれる人物になることを想像していただろうか。もちろん、そんなことも考えてはいただろうけれど、それよりは恋愛のことが思考の中心になっていたのではないだろうか。

学生の頃の私たちがそうだったように、気になる相手のことだけを何時間も何時間も考えながら過ごすような、そんな青年時代…

スマートフォンにストラップを(亀屋革具店)

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スマホに「亀屋革具店」のストラップ
先日弘前市へ旅をした。その時に立ち寄った「亀屋革具店」にて注文した、ストラップが届いていた。

手にすると、しっくりとくる手触りで、とてもいい感じだった。色味は、使用していくにつれて深みを増していくわけだが、個人的にはこの段階の、やわらかくて透明感のあるトーンも気に入っている。そのうち一儲け(?)したならば、この色で大きめのトートバックを作ろうかと考えているくらいだ。と、そのくらいこの色味が気に入っているということを、無駄に主張してみた。


ちなみに、連れも同じ物を注文したので、同じ物が2つ届いた(当然である)。その時は特に気にしなかったのだが、よくよく考えると「お揃い」である。別にストラップくらいお揃いでもいいかと思うのだが、なんとなく照れくさく感じてしまう。連れは、特に気にしていないようだし、まあひとつくらいはお揃いになってもいいかな、とも思ったりしている。
一年後のストラップ(2017年12月更新) 購入してから一年後、このストラップがどのように「育った」のかを、記録しておきたい。あの肌色の透明感のある色味はどのように変化したのか?

ご覧いただきたい。しっかりと「飴色」に育ちました。艶も良く、大人の風格を漂わせた色合いへと成長してくれました。特に何か特別なメンテナンスをしたわけではなく、毎日普通に使っていただけなのですが、いい感じに育ってもらえたのでよかったです。

裏も同様の色合いに変化している。亀屋革具店のロゴマークも、しっかり残っていていい風合いになっている。全体的に丈夫で、擦り切れたり弱ったりしている部分はないので、このまましばらく愛用していきたいと思います。さてさらに1年後には、どのような風合いに変化しているのか?


二年二ヶ月後のストラップ(2018年2月更新) 連れが仕事で弘前に出張に行くというので「時間があれば、亀屋革具店に寄れたらいいね」という話になった。そこでふと、ここにストラップについての記事を書いたことを思い出した。せっかくなので、現在の様子をアップしてみようと思う。

こちらが、二年二ヶ月経過した亀屋革具店のストラップである。写真ではわかりにくいのだが、よく接触すると思われる部分の色味が濃くなり、堂々した雰囲気になった。編んでいる部分も切れることなく、しなやかながら丈夫な革で作られていることを再確認した。


裏面はこの…

太宰治疎開の家「旧津島家新座敷」へ 太宰をめぐる青森への旅(2)

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太宰治疎開の家「旧津島家新座敷」へ

太宰治疎開の家(旧津島家新座敷)は、斜陽館の混雑ぶりとは対照的に静かで落ち着いた場所だった。ここには40分ほど滞在したのだけど、僕達の前に一組。後に一組。わずか、それだけしか訪問する人がいなかった。


ところが、そう、ところが太宰が好きな人にとっては、この場所は絶対に外せない場所である。パンフレットによると「新座敷は、文壇登場後の太宰の居宅として唯一現存する邸宅である。」とあるように、ここは実際に太宰が滞在して執筆した場所に触れることができる、数少ない貴重な場所なのだ。
ここは「パンドラの箱」が執筆された家 太宰はここに、昭和20年7月末から昭和21年11月まで滞在した。この間に、仙台出身の自分には思い入れのある「パンドラの匣」も執筆されたとのこと。あの、

「やっとるか。」「やっとるぞ。」「がんばれよ。」「ようし来た。」 (パンドラの匣より)
が執筆されたのが、まさにこの場所だと考えると頬がゆるんでくるような気がする。この天井を見上げて「ふうむ」とペンを走らせていた様子を想像していると、太宰が実際にこの世界に存在していたのだということを体感できたような気がする。
と、いかにも色々なことを知っているような素振りで書いているけれども、実は僕自身ここに来るまで、この事実を知らなかった。現地でいただいたパンフレットを見て知ったのである。

いやはや、ここに立ち寄って良かった。「ちょっと疲れたし、斜陽館は見たし宿へ行ってゆっくりするか」と、くだらないことを考えなくて良かった。やはり旅先では「よし、時間があるからここにも行ってみよう」と、足を伸ばすことが大切である。意外とそんな風にして立ち寄った場所で出会ったできごとが、目的地よりも大きな収穫を得る事ができるのも少なくないものである。
さらに幸運なことに、僕達が訪問した時には他に訪問客がいなかったため、店長さん(と、いう表現でよいのだろうか?)から解説をしていただくことができた。「作品のこの部分に書かれているのが、この部屋です」「え? あれって、この部屋だったのですか?」と、作品世界と現実の世界とがリンクしていく。それは、実際に現地を訪問したから体感できる素晴らしい瞬間だ。

太宰の書斎で記念撮影 斜陽館では、その大きさとスケールに圧倒されてしまい「なんだかよくわからないけれど、とにかくすごい」という印象だけが強く残っ…

斜陽館へ行く 太宰をめぐる青森への旅(1)

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「斜陽館」へは、行くことができなかった。
今年の5月の連休は、4日間ほどかけて青森方面に旅してきた。色々な場所へ行って色々なものを見てきたのだけれども、僕にとって今回の旅のハイライトは「斜陽館」を訪問できたことだった。

今までにも青森へは何回か旅をしてきたけれど、なぜか斜陽館へは行くことができなかった。時間的に厳しくなって予定を変更したり、吹雪と大雪で道路が通行できなくなってしまったりなど、など。とにかく様々な理由で訪問することができなかったのである。
ここまで縁がないということは、もしかすると、このまま永遠に訪問できないのではないか? なにかしら見えない力が働いて拒絶されているのではないか。とまあ、そのようなことを冗談まじりに考えつつも、意外と本気で「今度こそ! いやもしかすると今回もまた何かトラブルが起きて…」などと考えつつ、仙台から出発したのであった。 そして「斜陽館」へ向かう 斜陽館へは旅の二日目に向かう予定だった。弘前から岩木山神社へ向かい参拝後、白神の森を歩いてから、最後に金木町へ向かう計画だった。少々タイトなスケジュールではあったけれどもトラブルや渋滞などがなければ、スムーズに到着する予定だったのだが……。

と、さも何かトラブルがあったかのような書き方をしてしまったのですが、実際はほぼ予定通りに金木町に到着することができた。順調に進む時というのは、まあこんなものである。駄目な時は、どうあがいても駄目なのだが、うまくいく時はさらさらと流れていくのである。 写真で何度も見た、あの「斜陽館」と対面。
カーナビと看板の案内を確認しながら、斜陽館に車で近づいていく。(直進。次の交差点を右です。まもなく目的地付近です)

進行方向の右手に、写真で見た「あの建物」があった。おう、やったぜ。とりあえず、ここにこうやって到着できたというだけでも、今回の旅は成功だったと思えるほど嬉しかった。

仙台市から斜陽館まで、車で約370km。さほど遠くはないが、近くもない。とにもかくにもとうとう来たぜ。おそらくこの時の僕の顔には、かなりの達成感が漂っていたに違いない。


駐車場の前に立っていた係員が近づいてくる。「駐車場が満車だから、そこの銀行の前に止めてくれ。大丈夫だから」と言われる。えっ? 満車? 銀行? 本当に大丈夫? などと不安な気持ちになりかけていたところ「あ、ちょうど一台空いたから、そこに止め…

初夏の青森を巡る旅 番外編 おいしかったものたち。

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青森で出会った、おいしかったもの「十和田バラ焼き」

旅の合間の楽しみといえば、地元ならではの「おいしいもの」を食べること。今回の青森旅行でも、おりおりで美味しいものに出会うことができた。
その中でも印象に残っているのが「十和田バラ焼き」。十和田市現代美術館周辺で、何か食べる物はないか、と探していたところ偶然に「バラ焼き大衆食堂」というアンテナショップを見つけて飛び込んでみたのだけど、なかなか趣があって面白かったし美味しかった。
食事をしている間、親切な女性の店員さんが話してくれる、バラ焼きの歴史などを聞いているのも楽しかったし、地元のアクセントの言葉に触れられるのも「今、自分は旅をしているのだ」という感じがして、とても味わい深かった。店の雰囲気も工夫がされていて、見ているだけでも面白いので、着になった方は、探して立ち寄ってみてください。 アイスクリーム&カフェ飯 他にも、十和田市現代美術館の前で食べたアイスクリーム(写真を撮影したのだけど、紛失してしまった)や、夜にホテルの近くで食べたカフェ飯(いわゆる、ロハスのイメージの店で、シンプルだけど素材の味を生かした料理で、旅でちょっと疲れている身体にはぴったりの味だった。こちらも店の名前は忘れてしまいました)も美味しかった。やはり、野菜や水が美味しいところの料理は、何を食べても飽きのこない豊かな味わいになるような気がする。もしも、地元にこのような店があったのならば、最低でも月に一度は通ってしまうだろうな、と思う店だった。
ちなみに自分は旅に出る時、事前に「食事の場所」を決めないで出発することが多い。宿の人に聞いたり、なんとなく目にとまったところへ入ることが多いからだ。なので店の名前や場所などを覚えていることがほとんどない。もしもここで紹介している店が気になった方は、そのような理由なのでご了承ください。
子供の頃の方が胃袋は小さいと思うのだけど、大人の今の方がもっと食べられると思うのだけど、なぜそんな風に感じるのか、よくよく考えてみると不思議な気もする。体格から言っても、3本くらいは食べられるような気がする。大人の場合だと、風景なども眺めて楽しんだりするから、それと合わせて「おなか一杯」と感じるのだろうか。「これ以上食べると太るから」などと無意識のうちにブレーキをかけてしまうのか。そんなことを考えつつ、きりたんぽを食って缶コーヒー…

岩木山から弘前城へ 初夏の青森を巡る旅(6)

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岩木山神社へ参拝翌朝、7月だというのに、半袖では肌寒い(でも、心地よい)空気の中、向かったのは岩木山。空には、かなり厚めの雲がかぶさっていたので、岩木山を見るのは無理かな、と思っていた。

それでも、もしかしたら、と期待をしつつ、弘前市内を通り抜けて走り続けること数十分。目の前の雲が、一瞬だけ切れた。目をこらすと・・・あれだ! 間違いない。岩木山の頂上部分が、見える。あわてて車を路肩に駐車して、写真を撮る。ゾクゾクしてくる(ここに掲載している写真が、その時撮影したものです)。
僕は自称「晴れ男」で、わりと天気に恵まれることが多いのだけど、さすがに今回のような厚い雲の場合には、と諦めていたので、かなり気持ちがたかぶってしまった。仙台から、数百キロの道のりを運転してきた努力(?)に対して、山の神様が顔を見せて下さったのかもしれない。この後、数分で山は雲に隠れてしまい、そこをする。立ち去るまで、二度と見ることはできなかった。本当に、一瞬のチャンスだったし、それに気が付くことができて、本当によかったと思った。

弘前市内へもどり、弘前城へ 岩木山神社に参拝をして、弘前市内へと戻る。目指すは、弘前城だ。最初は「ちらっと見て、帰ろう」と考えていたのだけど、想像していた以上の広さと旅先での睡眠不足による疲労も加わって、残っていた体力を根こそぎ持っていかれてしまった(笑)後から、レンタサイクルがあることを知り「借りれば良かった」と、少し後悔したので、これから行かれる方はレンタサイクルを検討されるのも、いいかもしれません。
ふらふらになりつつ、弘前城の近くにあった食堂で、そばを食べる。うまい!粥の汁を、一口いただく。食べた瞬間に、体の疲れがとれていくような気がする。旅に出た時には、なるべくその土地の郷土料理を食べるようにしているのだけど、今回は旅行全体を通して、美味しいものに恵まれて、とてもうれしかった。特に、野菜がおいしくて毎日食べたいと、本気で思った。あまりに美味しかったので、食堂と隣接している土産物屋で「リンゴドレッシング」を買ってしまったくらいだ。

2泊3日の青森旅 終了 店員さんも親切な人が多かったように感じるし、仙台市からでもちょっと頑張れば日帰りできない距離では・・・いや、日帰りは厳しいかもしれないけど、一泊すれば楽しめる距離なので美術館などで面白いイベントがあれば、またやってきたい…

ランプの宿青荷温泉 初夏の青森を巡る旅(5) 

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ランプの宿 青荷温泉へ2日目の宿は、秘湯「ランプの宿青荷温泉」だ。この宿を選んだ理由は、偶然に予約サイトで見つけたからなのだけど、予約が完了した後に様々な雑誌で紹介されていることを知り評判が良いことを知り、期待感が高まっていた。


ここの宿の特徴は、その名前の通り照明関係が、すべて「ランプ」であるということ。部屋にコンセントもないからテレビなどもない。昔ながらの秘湯の風情が楽しめる宿ということだ。いわゆる現代の文明の利器が存在しない場所なわけで、そのようなところでどのような時間を過ごせるのか、とても楽しみにしていた。

宿への道は、高速道路の黒石ICから102号線へ向かい、そこから山の中へと入っていく。登山をする時に通るような、細い道を想像していたのだけど、きちんと舗装されていて(急勾配のところはありましたが)回りの風景を楽しみながら走ることができた。

宿に到着したのは午後6時ころ。すでに駐車場は満車状態で、あと2台ほどしかスペースがない。人気がある宿なのだな、と思いながら受付に向かうと「すでに食事が始まっているので、お早めに」と言われる。もう食事? お早めに? と、食事の場所になっている大広間をのぞくと、すごい人の数。100人以上は、いるかもしれない。すでに、ほとんどの方が食事を始めていらっしゃった。ランプのぼんやりとした明かりしかなくて周囲が良く見えないから熱気を強く感じる。修学旅行の時に、大勢で食事をした時のことを思い出す。なんとなく懐かしい気分になる。
ホタルが飛ぶ池へ 食事を済ませた後、宿の人に「午後の8時くらいになると、ホタルが飛ぶ池がある」と教えてもらっていたので、風呂にはいる前に行ってみることにする。少しの間、じっと立っていると、蛍がスーッと横切るのが見えた。そういえば、と思う。自分が住んでいる仙台も、20年以上前には、車で郊外に移動をすれば、蛍を見ることができた。道路に座って静かにしていると、やがてあちらこちらに小さいけれど強いエネルギーがこもった明かりが灯り始める。空中を横切るもの、草の上にとどまるもの、そして、自分達の服の上で輝くもの。目の前で、たくさんの蛍を見ることができたものだ。

もちろん、ここ10年くらいの間に、蛍の姿を見る事はできなくなった。そして先の地震で蛍がいた場所そのものも流されて、跡形もなくなってしまった。目の前を飛んでいる、蛍の姿を眺めて…

青森県立美術館 初夏の青森を巡る旅(4) 

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青森県立美術館へ
八甲田山から下山し、次に向かったのが「青森県立美術館」。途中、休憩をいれつつも、車で約40分ほどで到着。思ったよりもスムーズに移動できて、ほっとする。
ここには、奈良美智さんの「あおもり犬」が展示されている。以前、何かの雑誌で見た時から「いつか、この作品を、この目で直接見てみたい」と考えていたので、今回の訪問はすごくたのしみにしていた。

美術館に到着して、まず驚いたことは、その敷地の広さ。とにかく広い。駐車場の端から、建物の方を見ると、はるか遠くに霞んでみえるくらいだ(←これは、おおげさ)

今回、青森の施設をいくつか回ってみたけれど、どれもゆったりとスペースを確保していて、すごく気持ちがいい。ここでなら休日の一日をゆったり過ごせそうだ、という気分になる。開放感のなか、駐車場から建物の方へ向かう。

まず最初に感じたのは、建物の構造が「複雑」になっていること。エレベーターで下に降りたり、階段で上にあがったり、右に行ったり左にくねったりと、ワンフロアで完結するのではなく、あちらこちらへ移動するような構造になっている。これが、なかなか楽しい。館内の案内図を見ながら回るのだけど「今、自分はどこにいるのだろう?」「次は、どこへ行けばいいのだろう?」と、ちょっと迷路に迷い込んだ時のような感覚になりながら館内を歩き回る。
あおもり犬と対面! 待望の「あおもり犬」の展示スペースまでの道のりも「この角の先かな?」「これが正しいルートなのか?」などと考えながら、建物の裏手に回って階段を上がっていく。そして、目の前に表れたのが・・・

八甲田山へ 初夏の青森を巡る旅(3)

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ホテルで、夏の高校球児に出会う初夏の青森を巡る旅も2日目に。昨晩、宿泊したホテルでは、夏の高校野球の予選に参加すると思われる、高校球児達と同宿だった。あちらこちらから「コンチワー」「チワッス」と元気な挨拶が飛び交っていて、ホテル全体が合宿所のようになっていた。

正直「これは、夜も騒がしいのだろうな」と思っていたのだけど、実際は夜の10時には、すっかりと寝静まり、物音一つ立たないという徹底ぶり。もちろん先生の怒号も飛び交わない。ずいぶん指導が行き届いているのだな、とひとしきり関心する。

就寝直前に、野球部のマネージャーとおぼしき女子が、部屋の入口のところで男子部員と話していた。その前を通ろうとすると、僕の姿に気が付いた男子部員が、女子を追い返すようにしてドアを閉めた。ドアを閉められた女子マネージャーは、何も言わず、すぐに自分の部屋に戻っていった。2人が部屋に入ってしまうと廊下にはもう誰もいなかった。

そういえば、と思う。この予選が終わってしまえば、3年生は引退である。おそらく多くの生徒が、ここで本格的な野球の練習を止めることだろう。子供のころから長い時間かけて取り組んできた野球が、あと数日で終わりを迎えようとしている。その瞬間、彼らの頭の中にはどのような感情が交錯するのだろう。

八甲田ゴードラインを散策する 翌日、ホテルで朝食を済ませてから、八甲田ロープウェーへと向かう。ロープウェーの山頂公園からは、「八甲田ゴードライン(ゴールドラインではなく、ゴードライン。誤字ではないので念のため)」というトレッキングコースが整備されていて、そこを歩くのが目的だ。30分コースと60分コースの2種類があって、自分は迷わず60分コースを選択。

60分コースは湿原の回りを、ぐるりと一周するように設置されていて、湿原や高山植物を眺めながら、楽に歩くことができる。当日は、曇り空でガスが出ていたのだけど、風が吹く度に湿原の上をガスが動いていく様子は、とても幻想的でやわらかで、見に来てよかった、という気分になった。

ルートも整備されていて、スニーカーでも十分に歩けるコースなので、興味がある方は、ぜひ60分コースまで足を伸ばされることをオススメします。もちろん、水やタオルなどの最低限の装備はお忘れなく。

ちなみに、この記事の上に掲載している写真は、コースで見つけた高山植物。名前は「銀竜草=ギンリョウソウ」とい…

奥入瀬渓流&十和田湖観光 初夏の青森を巡る旅(2) 

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思い出の奥入瀬渓流へ
美術館でアート作品を堪能した後、ひとまず十和田市内のホテルにチェックインする。鍵をもらい、今晩の寝床を確保してから、次に向かったのは奥入瀬渓流。


途中にある道の駅などに立ち寄りつつ、1時間ほどで到着。奥入瀬渓流には、子供の頃(小学校の1年生の時)に家族で遊びに来たことがある場所。その時は、なかなか目的地に到着しなくて車の中で退屈してしまった、という記憶しか残っていない。

車を運転している父親に「まだ?」と何度も質問した記憶しかない。そんな「退屈な思い出」の場所に、今度は自分の意志で、わざわざやってきているというのも、なかなか面白いものだな、と思ってしまう。

ホテルのスタッフの方に「休日は渋滞するので、気を付けてください」と言われていたのだけど、思いの外空いていて自分のペースで走ることができた。木漏れ日の中を、ゆっくりと車で走り抜けていくと、まさに「観光地に来ている」という気分満載で、自然と笑顔になってしまう。当日(7月中旬)は、窓を開けて走っていると、ちょうど心地よい気温だったので、少しでも天然の空気に浸るべく、車の窓を全開にして顔に風を当てながら走った。
子供のころの記憶と、目の前の風景がリンクする そんな風にして、流れて行く風景を眺めていると、なんとなく「これは見た事がある景色だ」と感じる場所がある。実際に、記憶に残っている可能性は少ないし、単なる思い込みなのかもしれないけれど、子供の頃の記憶かもしれない映像と目の前の風景がリンクする瞬間は、なかなか面白い感じがした。子供の頃の感覚に、ほんの少しだけ戻れたような気分になった。

ちなみに、奥入瀬渓流の遊歩道を歩くと、全部で5時間くらいかかるそうだ。このような場所は、徒歩であちらこちらを眺めながら、ゆっくりと歩く方が何倍も楽しいし、発見があるだろう。レンタサイクルなどもあるらしいので、今度は別の季節にやってきて、全コースを歩いてみたいと思いました。

奥入瀬渓流から、十和田湖へ 奥入瀬渓流を通り抜けると、そこには十和田湖が広がる。遊覧船乗り場の駐車場に車をとめて、湖畔に近づいてみる。桟橋で釣りをしている人がいる。携帯用の椅子に腰掛けて、ずっと湖畔を眺めている老夫婦がいる。あまり音は聞こえない。自然の音しか聞こえない。近くの売店で「きりたんぽ」を買って、缶コーヒーを飲み、青森のガイドブックを見ながら休憩をする。も…

十和田市現代美術館 初夏の青森を巡る旅(1−2)

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7月の青森へ 十和田市現代美術館(1の1)美術館に入る前の段階で、軽く興奮状態となってしまい期待値が高まるなか、表面的には冷静さを保ちつつ館内へ入場する。最初の部屋で、自分達を出迎えてくれたのは「ロン・ミュエク スタンディング・ウーマン」。

旅行のガイドブックなどで、何度か目にしていた作品ということもあり「ようやく会えた」という気分になる。
近くに寄って、本当に温かな血が流れていそうな生々しい血管を見ていると、夜になり皆が帰宅した後に、やれやれこれで本日の仕事も終了だわ、と大きな手で背中のあたりをボリボリと掻いたりするのではないか、いやもしそうだったとしても、全然驚かないなと思ってしまうような感覚になる。

自分の斜め前のあたりで、両親に連れられてきた、5歳くらいの女子が不安そうな表情で作品を見上げている。この子くらいの年齢だと、恐怖を感じるのだろう。夜に夢に出てくるのではないだろうか、と余計な心配をしてしまったりするほどだった。
そして次の部屋は・・・。 と、ひとつひとつの作品の感想を書いていきたいところだけど、これから十和田市現代美術館へ行かれる方のために、感想を書くことは控えておきたいと思う。

このような現代アートの面白さは、先入観(情報)なしに作品の前に立った時に感じる印象だと個人的に考えているので、僕の偏った情報は避けたほうがいいと思うからだ。

ただひとつだけ書かせていただくと(というよりも、書きたくてしかたがない訳だけど・笑)「ハンス・オブ・デ・ピーク ロケーション(5)」は圧巻だった。もし自分がアーティストだったなら、このような作品を制作したのではないか、とさえ思った。それがあまりにも楽しくて、しばらく「作品の中」に浸っていたところ、自分より前にいた男女の2人が「これもアートなのか?」「そうなんじゃない?」と、話しているのが聞こえてきたのことが、また面白かった。
「これもアートなの?」 自分にとっては「最高のアート」でも、ある方にとっては「これがアート?」という存在になる場合もある。どちらが良いとか悪いとかではなく、自分と他者との好み(感覚)の違いを、はっきりと感じることができるのも、現代アートの醍醐味のひとつなのかもしれない、と2人の感想を聞いていて考えたのだった。

とにもかくにも、十和田市現代美術館には、建物の配置、ガラスの廊下、デザインなどなど、い…