太宰治まなびの家 (旧藤田家住宅)へ行く。

10月の連休に、旅に出ることにした。初日、まず最初に向かったのは「太宰治まなびの家(旧藤田家住宅)」だ。昨年訪問した「斜陽館」と「太宰治疎開の家」にひきつづき、一度行ってみたいと思っていた場所である。斜陽館も、疎開の家も、そして、学びの家も、高校生の時に太宰の作品を読んでから「行ってみたいものだ」と思いつつ、なかなか行けなかったのだが、一度タイミングが合えば、このようにとんとん拍子で訪問できるわけである。まさに、人生とはタイミングと運である。

ちなみに私の人生は、60%が「運」であると思う。のこりの20%が「偶然」で、さいごの20%が「才能」だと思う。いや才能なんて「5%」くらいかもしれない。ほとんど運と偶然に支えられてきた。年齢を重ねるごとに、そう実感するようになってきた。




さて。太宰治まなびの家は、太宰が官立弘前高等学校に在学していた三年間、下宿していた場所である。カーナビを頼りに指示された方向へと進んでいくと、静かな住宅街のなかに「それ」はあった。

斜陽館の時には、案内の看板などが増えていくにしたがって「おお、いよいよ斜陽館が・・・。あの角を曲がったあたりに・・・」と、気分が高揚したものだったが、まなびの家の場合は周辺が住宅街だったこともあり「あれ、ここかな?」というような感じだった。もしかして、あまり見るところはないのかな、というのが第一印象だった。



太宰治まなびの家 室内風景

しかし、安心していただきたい。当時のままに保存されているという太宰の部屋は、大正時代の面影がそのままに残っている「ああ、まさに、ここだ」というような空間だった。当日は小雨が降っていたのだが、その淡い光量もよかったのかもしれない。いかにも静かで、落ち着いてして、そしてどこか湿っぽい雰囲気が「学生の頃の太宰」を、連想させるような印象を醸し出していた。

太宰治まなびの家 制服とコート

太宰は、この部屋で何を見て、何を考え、そして何をしようと思っていたのだろう。芥川に憧れた青年は、自分が文豪と呼ばれる人物になることを想像していただろうか。もちろん、そんなことも考えてはいただろうけれど、それよりは恋愛のことが思考の中心になっていたのではないだろうか。


学生の頃の私たちがそうだったように、気になる相手のことだけを何時間も何時間も考えながら過ごすような、そんな青年時代の情熱を持て余している太宰の姿が、ここの部屋には残っているように感じた。





そしてここは、太宰の作品が好きな方はもちろんのこと、大正時代の日本家屋に興味がある方にも、おすすめの場所である。毎日、膨大な情報が流れていき、一日が経過しただけで「使えなくなる」ものも多い時代だけれども、こうやって長い時代を越えて魅力を輝かせ続けているものに触れられることができる時間は、とても楽しい。

おそらく太宰も触れたであろう、すり減った手すりを間近で眺めながら、そんなことを考えました。



参考:青森県観光情報サイト

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