文豪のラブレター(太宰治)編
【4回目】文豪のラブレター「太宰治 」編
【文豪のラブレター】シリーズも4回目。今回は、太宰治が、ある女性に宛てた手紙を紹介します。あの太宰治は、いったいどのようなラブレターを書いていたのか? ファンならずとも気になりますよね・・・。
拝復 いつも思つてゐます。ナンテ、へんだけど、でも、いつも思つてゐました。正直に言はうと思ひます。(太田静子宛ての手紙より)
こちらは、太宰治が太田静子に宛てた手紙の冒頭です。この時太宰は結婚していたので、いわゆる「愛人(正確には、この段階では男女の関係にはなっていませんが)」へ宛てたラブレターということになります。
太宰の作品を読んでいると「直接、自分に語りかけている」かのような「他の人には言えないけど、あなたにだけは話しておきたい」と、いうような気分になる時がありますが、この手紙も「目の前で、静かに語りかけてくれているような」気持ちになる、太宰らしい文章だと思います。
「いつも思っています」「いつも思っていました」「正直に言おうと思います」
冒頭で「思う」という言葉が、三度連続で続きます。太宰は意図的にこのような書き方をしたのではない、と「思い」ますが、読んでいると本当に自分のことを「思って」くれているのだな、と感じる文章だと思うのですが、みなさんはどう感じましたか?
一ばんいいひととして、ひつそり命がけで生きてゐて下さい
コヒシイ
太宰治疎開の家
この手紙を書いていた時の太宰は、戦時中のために実家の青森へ疎開していました。現在でも太宰が疎開していた家が「太宰治疎開の家(旧津島家新座敷)」として、青森県の五所川原市に保存されています。
私も数年前に「太宰治疎開の家」を訪問したことがあるのですが、実際に太宰が執筆していた書斎で「あの作品は、ここで書かれたのか」と当時の様子を想像する時間は、ほんとうに楽しいひとときでした。「太宰治疎開の家」を訪問した時の記事はこちら
「太宰治疎開の家」は、斜陽館からでも徒歩で移動できる場所にあるので、興味がある方は足を伸ばされることをおすすめします。ぜひ「ここで手紙を書いていたのだな」などと、想像してみてください。きっと、思い出にのこる旅になることでしょう。
【Youtube版】佐藤ゼミ