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【文章力を磨け】学校の成績だけで、才能を決めてはいけない。

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「文章を書くのが苦手です。国語の成績も悪かったし、才能がないんですよね……」 という相談を受けることがあります。この質問に対しまして、私自身の経験を踏まえて少しお話ししてみたいと思います。 まず最初にお話ししておきたい事は、 私(佐藤)は 国語の成績が5教科の中で1番悪かった ということです。5段階評価で、一番よくて4だったと思います。小学校語5・6年生の時の担任の先生に添削してもらった時には「佐藤、お前の文章はよくないよ。面白くない」と厳しめに指導された経験もあります。 クラスメイトに作文が得意なT君という生徒がいたのですが「Tの作文を読んでみろ。こういう文章がいいんだ」などと言われました。そこで私も書き直してみるんですけど、自分では「なかなかよく書けたな」という部分があっても「ここが全然ダメだ」と、 赤ペンで全部削除されてしまう んですね。そんな体験があったので「自分は文章を書くのが苦手なんだ」と子供の頃から思っていました。 今でこそ、クリエイターと呼ばれる仕事をしていますが、当時はそんな感じで「自分にはクリエイター方面の才能はない」と思っていたので、 就職する時も全く別の方向 へ進みました。 そもそもそちらの方向へ進もうとさえ思わなかったのです。 ところが私の場合は、私が書いたキャッチフレーズがちょっとした賞をいただいて 「自分にも少し、何かを書く力があるのかな」 と思うきっかけがあったんですね。そして、雑誌の取材を受けた時に、ライターさんから 「佐藤さんは、広告とかキャッチフレーズを書く才能がありますね。コピーライターとしてやっていけると思いますよ」 などと盛り上げていただいて「自分にもできるのかな」と。そんな感じで、少しずつ仕事として文章を書くようになったのが、30歳過ぎてからなのです。決して早くないし、若手のころからバリバリに評価を受けていたというわけではないのです。 私と同じように、学校の成績が良くなかったから、とか「お前の文書は良くない」と言われてなってトラウマのようになっている人もいると思います。しかしそれはあくまでも 学校の先生の視点からの指導であり、教科書の範囲での評価 なので「表現する力」を正しく評価してるわけではないと思います。あくまでも「あるカテゴリーの中」での評価です。 これから文章力を磨いていきたいとか、何かを表現していく力を磨いてい

【記念日】起業して、20年が過ぎました。

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7月で、私(佐藤)は 独立起業して20周年 を迎えました。そこで、ざっくりと20年間を振り返りつつ、私が実際に体験してきたこと(失敗談など)を音声で話してみました。文章でまとめるのではなく、思いつくままに語った方がリアルな内容になるのではないか、と考えて音声配信にしたのですが、どうでしょう?  今回、番組内で語っている内容は私が実際に経験してきた 【現実の20年間】 です。ドキュメント、というやつです。何か特別なノウハウや情報などはありませんし、涙を誘うような感動のストーリーも存在しません。現実というものは、意外にそんなものです。 しかしそんな普通の人間の話だからこそ、これから起業やフリーランスでの独立を考えている人、あたらしい挑戦を考えているみなさんにとって、何かしらのヒントになるのではないか。そのようなことを考えつつ、録音してみました。ぜひ耳を傾けていただき「 考えるヒント」 を見つけていただければ幸いです。 【内容】 ・私が起業した時の話(今から20年前) ・取材の依頼が飛び込んできた ・クリエイターとしての仕事を始める ・プレッシャーやトラブルで体調を崩す ・2011年 仙台で被災し失ったもの ・もう一度、当時に戻ったらどうする? 起業する? ・20年間、私を支えてくれた言葉「夏目漱石の手紙」 ・次の20年に向けて 【Youtube版】起業して、20年が過ぎました。 【Podcast版】起業して、20年が過ぎました。   ☝筆者: 佐藤隆弘のプロフィール ⧬筆者: 佐藤のtwitter ☈ 佐藤のYoutubeチャンネル「佐藤ゼミ」

【江戸川乱歩】「世の中に一番安全な隠し方は、隠さないで隠すことだ。(二銭銅貨)」

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「世の中に一番安全な隠し方は、隠さないで隠すことだ。(江戸川乱歩 二銭銅貨)」 「脳は一度見たものは、二度見ない」という一文を、どこかで目にしたことがあります。脳は情報処理をスムーズに行うために「一度見たものは、もうすでに把握した = 見る必要がない」と判断する機能があるらしいのです。 つまり「これは認識した!」と判断してしまったものは「もう確認する必要がない」と判断してしまうので、 たとえ視界に入っていたとしても違いには気がつかない。 すでに脳の中に存在している情報だけで済ませてしまうわけですね。 このような「脳の働き」を悪用すると 「隠さないで隠すこと」が可能になる わけです。隠すという行為は、不自然さを伴うことが少なくありません。そこで「こんなところに隠すはずがないだろう」と思い込んでいる場所に堂々と隠すことで、疑われずに隠し通すことができるというわけです。 逆に考えるならば「ずっと探していたもの」ほど、目の前に存在する のかもしれません。 「灯台元暗し」 ということわざがありますが、あまりにも身近だと気がつきにくく「探し物は、遠く見えにくい場所にある」という思い込みのようなものもあるので、なかなか見つかりにくくなるのですね。 探していたものは「目の前」に存在する 実際に私は、 キャッフレーズの制作の時などに「どこが今回のポイントになるのか?」と、企業のみなさんから話を伺いながら探していく のですが、多くの場合それは「目の前」に転がっていることが多いのです。 企業のみなさんにしてみれば、毎日目にしていることなので「普通」に感じてしまうことの中に「お客さん(他者)からすると、魅力的に感じる」ものが眠っているものです。私の仕事は、 それを発見し拾い上げることが最初のステップ になるわけです。 大切なことは、目の前に隠れている。 しかし、私たちが「それ」に気がつくことは難しい。 このように考え、目の前のことに意識を向けてみると、ずっと探していた答えがそこに隠れていることを見つけられるかもしれません。 追記:今回紹介した 「二銭銅貨」 は、江戸川乱歩のデビュー作です。デビュー作でありながら、独特の世界観を構築しつつ本格推理小説として完成度の高い作品に仕上げられているところに、江戸川乱歩の才能を感じます。興味をもった方は、ひきつづき 「D坂の殺人事件

【仕事】人前で話すのが苦手(最終回)「慣れることはない、と考えよう」

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結局のところ「慣れるしかない」? 「話し方のコツ」というような書籍や記事を読んでいると 「結局は、慣れるしかない。失敗を恐れずに経験を積んでいこう!」 書いてあることが多いと思います。「習うより慣れろ」という言葉がありますが、理論を学ぶだけでなく実践し経験を積むことを通して、学び身につくことはたくさんあります。重要です。 しかし 「本当に人前で話すのが苦手な人」の場合 、かなり実践経験を積んだとしても 「なかなか慣れないのでは?」 というのが、私の体験を通した結論です。 私(佐藤)は20年経験しても「慣れなかった」 私は20年以上の間、仕事を通して多くの人の前で話をしてきました。小学生から大学生、社会人まで、時には苦手な飛行機に乗って移動を繰り返したりしながら、単純に考えて 数千時間以上ほど講義 をしてきたので、一般の方からすると「かなりの経験値」を積んできたように見えると思います。 しかし私は 「慣れる」という感覚になったことはありません でした。会場に向かう時は毎回「やっぱり、慣れないなあ」と感じながら、案内して下さるスタッフの方の背中を眺めながら廊下を歩いていきます。ドアを開けて、みなさんの視線がこちらに集中した時は、なるべく目を合わせないように俯き加減で、やや足を早めて前に立ちます。おそらくたぶんこれからも「慣れる」ことはないかと思います。 緊張感をたのしむ「工夫」をしよう 私は、人前に立って注目を浴びる仕事よりも裏方に回って色々と考える方が向いている性格だと思います。一人で地味に本を読んだり、気のおけない仲間数人と静かに時間を過ごせば、それで十分楽しく充実していると感じます。休みの日などは、人里離れた山へ行ってひとりで登って一人で頂上へいって、ひとりで「おお!いいながめだ」と呟いて帰ってきたりします。 そんな私と同じように「人前に立つのが苦手」な人は、回数を重ねても 慣れることができない自分に直面して焦ってしまう と思います。書籍などで解説されているノウハウは「回数を重ねることで、慣れることができる人向け」が中心です。私や、あなたのように「慣れることができない人」には、しっくりこなくて「ああ、こんなに勉強して経験を積んでも慣れない。やっぱり自分には無理だ」と苦手意識が増えてしまう人も少なくないでしょう。 なので「頑張って経験を積めば、そのうち慣れる

【仕事】人前で話すのが苦手(4)ギャップを受け止めよう。【私の体験談】

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「理解してもらえない」と、グチる人たち・・・。 あなたの周囲に、このような人はいませんか? 自分が話題の中心になっている時は意気揚々と話しつづけるのに、気に入らないことがあると、すぐにふてくされる。 「それは嫌だ!やりたくない!」と不満をすぐ口 にする。自己主張を通り越してワガママな人。 そんな人ほど、飲み会の席でしんみりと「オレは 自分が言いたいことを、言えない タイプなんだよ。もっと〇〇さんみたいに、自己主張しないと損をするよなあ」と、つぶやいたりする。 ああ、います!  自分のことが見えていない人! おまえが言うな! と言い返したくなりますよね(笑) いますよね? でも、ちょっとだけ想像してみてください。 あなたが自分で考えている「自己イメージ」と他人があなたに抱いている「客観的イメージ」は一致しているでしょうか? 「自己イメージ = 客観的イメージ」の間に、ギャップは存在していませんか?  いや、存在していませんか? ではありませんね。 ほぼ 100%ギャップは存在します。 自分では気がついていない「マイナスイメージ」は、確実に存在するんです。 ギャップに自分で気づく人は、存在しない 厳しめの表現になりますが、すばらしい内容を話しているのに、あなたの話が聞き手の心を揺らさないのは、あなたの話し方に 「マイナスイメージ = 不足している点」 が存在するからです。 ここを理解できるかどうかが、次のステップに進めるかどうかを決める重要な鍵 になります。そして、客観的に自分自身で不足している部分を理解できる人は、まずいません。強烈に「痛い目」にあって、何度も失敗してようやく少しずつわかってくるものです。なぜそのようなことがわかるかというと、私自身がそうだったからです。 私(佐藤)の体験談 私が在籍していた学習塾では「生徒アンケート」が定期的に実行されました。そのアンケートの結果をもとに、先生の評価が決まり担当するクラスなどが決定していくのです。初めてアンケートの結果を見た時は(悪い意味で)かなりの衝撃でした。 「早口で聞き取れない」 「自分で話したことに、自分でウケている」 「前の先生の方がよかった」 などなど、率直な意見が書き込まれています。 そこに書き込まれたことの多くが、 今までの人生で指摘を受けたことがなかったことばかり です。思い当たる節もありますが、そん

【仕事】人前で話すのが苦手(3)第一印象で、その日の評価が決まる。

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私たちは「第一印象」で、すべてを予想する まずは、みなさん自身が「初対面の人」の「プレゼン」を聞いている時のことを思い出してください。おそらく多くの人が第一印象から、 「あかるい感じの人だな」 「あまり元気がなさそう」 「真面目そうだけど、プライドも高そう」 などと一瞬で印象を読み取っていると思います。そして、 「おもしろい内容が聞けそう!」 「たいくつな時間になりそうだ・・・」 などと、これからの話の内容を予想していきます。そして不思議なことに、その 「第一印象」のイメージというものは、かなりの確率で的を得ていることが多い のではないでしょうか? 私たちは、実際に話を聞く前に「その人の印象」を数秒で読み取って、話の内容を予想する(もしくは、決めつける)ものなのです。 私が「新人講師」だった時の話 私が新人の講師だった時の話です。ベテランの先生達の前で「模擬授業」をすることになりました。先生達の前で授業をするというのは、かなりのプレッシャーです。しかも模擬授業は初体験でしたから、どのような切り口で始めていけばよいかもわかりません。私は事前に配布されたテキストを何度も見直し準備を繰り返し、与えられた20分間の模擬授業を行いました。 模擬授業のあと、先生達から批評を受けていきます。それぞれの先生から「もう少しクラス全体を見渡すように」などと修正点を指摘されていくのですが、ある先生から、 「最初の挨拶の部分がよかった」 と評価を受けたのでした。その時の私は「あいさつ?」と、その先生の意図するところがわかりませんでした。「あいさつ」は特に練習もしていないし、ただ「こんにちは。今日は天気がよくて気分がいいですね」のような普通のことを口にしただけだったからです。 おそらくその先生は 「第一印象が、親しみやすい感じでよかった」と評価 してくださったのだと思います。他に褒めるところがなかったので、無理矢理「あいさつ」を褒めてくださったのかもしれませんが、この先生の言葉はそれから20年以上もの間、ずっと私の記憶に残り続ける印象的な言葉になったのでした。 「あいさつ」をていねいに。 それ以来私は、初対面の人たちの前で話をする時は 「あいさつ = 第一印象」をていねいに することを心がけてきました。 「この先生の話は、ちゃんと聞いてみよう」「質問したら、ちゃんと答えてくれそう」 など

【仕事】人前で、話すのが苦手(2)勝負は戦う前に決まる。

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人前で話すのが苦手(2)勝負は、戦う前に決まる 勝負は戦う前に決まる、という言葉があります。人前で話す時もおなじです。練習でできないことは試合でもできないように、準備の段階で充分に仕上げておかなければ現場で実行できるわけがありません。油断は禁物です。 ところが現場で 失敗してしまう人の多くが「準備不足」にある と、私は考えています。私の指導経験からお話ししますと「このくらい準備しておけば大丈夫!」と 自分で判断した段階 では、 40点ほどのレベルにまでしか仕上がっていない ものです。そのまま現場に立ってしまうと、予想外の状況に直面して頭の中が真っ白になってしまい、笑ってごまかしてその場を繕ってしまうような内容で終わってしまうことが多いのです。 30分の講演なら、1時間の準備をする。 私は塾講師をしていた時、新人講師の研修を担当していました。参加する新人講師のみなさんには「模擬授業」をやってもらい、アドバイスを行なっていくのですが、多くの講師が最初の模擬授業は「準備不足でボロボロ」で終わってしまいます。そして 「想像以上にうまく話せなかった自分 = 準備不足」と正面から向き合ってもらう ことが、最初のステップになるのです。 まずは「自分がOKを出した段階では、まだ半分の完成度」と自覚しながら、様々な角度から準備を進めていきましょう。 最初の段階では「2倍の準備」を目安に作業を進めて いって、ちょうど良いと思います。30分の講演時間ならば、1時間の内容で準備を進めていき30分に編集していくのです。ベースにそのくらいの情報量がないと、話術に長けた人でもない限り内容がスカスカか、自己満足の内容で終わってしまうでしょう。人前で話すのが苦手な人はまず 「準備だけは、誰にもまけない気持ち」 で、2倍の準備を心がけてください。 私が「新人講師」だったころ 私(佐藤)が新人講師だった頃は、授業のレジュメ(内容)を事前に資料にまとめて教室長にチェックしてもらっていたのですが、1時間の授業のために3時間ほどかけて準備を行なっていました。 そのくらい準備しないと不安になってしまう し、自分の指導力に自信があったわけではないので、新人の私ができることは 他の先生たちよりも準備の量を増やす ことくらいだったからです。 そのような準備を重ねることで 「このくらい準備をしたのだから、きっと大丈夫」

【仕事】人前で、話すのが苦手。コツを教えてください。(1)まずは、あいさつから

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「緊張しやすい性格なので、人前で話をするのが苦手です。コツを教えてください」 私の授業を受けた人から、時々このような質問を受けることがあります。どうやら受講生のみなさんからは、私が人前で話すのが得意で堂々としているように見えるようです。確かに、教育の仕事を20年以上続けてきましたし、数千時間以上も授業をしてきたので「 表面的には、堂々と話している」 ように見えると思います。 しかし実際のところは「明日は、セミナーがある」と思うと前の夜から「さて、何を話そう・・・」と緊張感が漂いはじめ、当日控え室で待機している時などは「しまった。今回はこちらの話をすればよかったのでは? しかし今からでは資料を作る時間もないし・・・」と 直前まで、あれこれと考え続け 、担当の方が呼びにきてドアをノックする音に心臓が縮み上がる思いをすることも少なくありません。 そもそも人前に出るのも好きではありません。趣味が読書なので 一人で過ごす時間が多い ですし、山登りをしたり釣りをしたりと、 人がいないところを探索したり音楽を聞いたり考え事をすることが好き な方です。パーティや飲み会にも参加しませんし、酒も飲みません。大学生の頃には同級生の女性に「オレに近づくなオーラが出ているよ」と、からかわれましたが(笑)たぶん、パーソナルスペースというやつも広い方だと思います。 実際は「開き直って」いるだけ = 仕事用の自分 そんな私ですから、講演の依頼などは逆に 「これは仕事なのだから」 と自分に言い聞かせて「仕事というのは、苦しいことを乗り越えるからお金がもらえるのだ」などと、なんだかよくわからない理由を並べながら 「仕事用の自分」で乗り切っている のです。私の授業を受けた方からは「楽しそうに話していますよね」と言われますが、実際はそんな感じなのです。そして「人前で話すのが苦手」という意識は、年齢を重ねる度に強くなっているような感覚もあります。 なので、もしみなさんが「佐藤先生は、人前で堂々と話せていいなあ」と感じているのであれば「あれは開き直っているだけで、実際にはなかなか大変」なのだということと、 「ある程度経験を積めば私と同じくらいのレベルであれば、人前で話すことはできるようになる」 ということを、お伝えしておきたいと思います。 簡単な「テクニック」をアドバイス 最後に、ひとつだけテクニックのような

【仕事】失敗しても、人格は否定されていない。

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失敗しても、人格は否定されていない。 何かを表現するということは、自分自身を表現するということでもあります。それがアート作品のような表現を目的としたものではなく、仕事の企画に関することであったとしても、それは同じだと思うのです。 何日も、時には何ヶ月もかけて準備した企画は、そこには「自分(達)」の意思が込められています。いわば 自分の分身でもあり、家族のような思いを感じる人 も少なくないでしょう。 そのような企画を世の中に発表し、残念ながら失敗してしまった。全く反応が得られなかった。見てもらえない、無視されてしまった。そのような体験をした時は 「企画が失敗した」と感じる以上に「自分自身の人格を否定された = 私はダメな人間だ」と感じて落ち込んで しまうものだと思います。 私が「起業」した時の話 その気持ちは、本当によくわかります。あまり思い出したくない記憶なのですが(笑)具体例として私が「独立起業」した時の話をしてみたいと思います。 当時私は「学習塾」を経営していました。それまでも学習塾に正社員として勤務していたので、一通りのノウハウと体験はあるつもりでした。しかし、生徒募集の企画(広告)などを実行して失敗したとしても 「みんなで取り組んで失敗した = 責任が分散されるのでさほど深刻にならない」 で済んでいたように思います。何かしら自分以外の部分に理由をみつけて言い訳を考えることができたのです。 ところが 起業すると「すべてが自分一人の責任」 になります。すべてを自分で考え、チェックし実践するわけですから、失敗を自分一人で受け止められなくてはいけません。まるで 自分の考えや存在を、世の中から痛烈に批判されているような感覚。自分はここまでダメな人間だったのか、と「ほんとうの自分」と正面から強制的に向き合う時間 。それは、当時の私にとって(なによりも、若かったし)プライドそのものを打ち砕かれるような、痛烈な体験でした。 世の中の人たちは「人格を否定」している訳ではない しかし、世の中の人たちは 「プライド」を傷つけようとしているわけではありません 。ただ単に「あなたの商品(企画)は、未熟ですよ。もっと改良し工夫してください」と言っているだけのことです。 私たちは改善し、学び、世の中から注目されるような工夫を繰り返していけばいいのです。 失敗しても、人格は否定されて

【仕事】若手起業家が、はまりやすい「失敗」とは?

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自分の「アイデア」に酔っていないか? これから起業を目指している20代の方や大学生と話をしていると 「自分のアイデアに酔ってしまっている」 と感じることが少なくありません。「オレのアイデアは凄い!」と 「自分に対する自己評価」が高くなりすぎて、見落としてしまう部分が多くなってしまう のです。 もちろん、自己評価を高くして突っ走れるのも「若さ」の特権であります。私自身も20代で起業しましたが、自分の能力を過大評価しすぎていたため力不足に苦しみ、 ボコボコに叩きのめされました。 そこから「次こそは!」と這い上がれたのも、ありあまる「若さゆえの突進力」のおかげであることは事実です。 しかし、もしも私が起業した20代の頃に戻れるのならば「 自分のアイデア(能力)を過信するな。それだけに頼るな!」 と100回ほど繰り返すでしょう。「わかったよ。しつこいな!」と言われたとしても、さらに300回ほど繰り返すでしょう。 まずは「基礎」が8割 著名な成功者の自伝などを読むと、みな10代の頃から独自のアイデアを企画し、自由奔放なスタイルでそれを実現してきたことが書かれています。彼らの思考を学び自分に吸収しようとすることは、とても大切ですし積極的に取り込んでいきたいもの。しかし、彼らのように 「独自のアイデア」で成功できる人は、全体の数% でしょう。天才的な才能と実践量と運を味方にすることで成し遂げられる世界は、 簡単ではないからこそ注目され評価を受け書籍にもなる のです。 私も含め「普通の人間」がゼロから起業し伸ばしていくならば、まずは 「基礎」を徹底的に実践していく方が近道 です。 仕事は「お客様から、支払いをいただいて」はじめて結果 になります。どうすれば、お金をいただけるものを提供できるのか。何を扱い、学び、実践していけば、それを手に入れられるのかという「基礎」の部分に8割ほどの時間と労力を、スピードをつけて実践していくことが近道です。 基礎が8割 アイデアが2割 しっかりとした 「商売の基本」を実践を通して学び、お客様からの信頼を受けることができるようになってから、少しずつあたためていたアイデアを提供していく と(ほんとうに信頼関係ができているならば)ようやく耳を傾けてもらえるようになります。そこからが、腕の見せ所です。今まで磨いてきた「基礎」に「アイデア」を加えて、自分らしい

【独学のすすめ】社会人になったら、勉強しよう

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すべり止めしか、合格できなかった・・・。 「今年で、独立起業して19年になります」というような話をすると「この人は、優秀な人なのだな。何か才能があったのだろう」と思われるかもしれません。しかし残念ながら、いろいろな所で話したり書いたりしていますけれども、私は決して エリートでも学歴があったわけでもなく、特別な才能に恵まれたわけでもありません。 集団行動も苦手なので、一番最後に登校して誰よりも早く下校するような、学校の先生からすれば扱いにくい生徒だったと思います。 そんな不真面目な生徒ですから、 高校受験も大学入試もことごとく失敗し両方とも滑り止めしか合格しませんでした。 学歴に関してはコンプレックスの塊のような学生時代だったのです。就職活動をする時も「こんな自分が、倍率の高い会社に就職できるわけがない」と考えていたので、挑戦するわけでもなく、適当に就職活動して採用されたところに勤めることにしたくらいです。おそらく、 この記事を読んでいる皆さんの方が、学校の勉強や成績は良かったと思います し、周りや先生からも期待を受けるような生徒だったのではないでしょうか。 社会人になってから「勉強の方法」が、わかるようになった。 そんな私が、ある程度仕事ができるようになったきっかけは 「社会人になってから勉強の方法が、わかるようになった」 からだと思います。そして「学ぶことのおもしろさ」を、ようやく体感できるように、なったからだと思うのです。 学校教育は、複数の科目を勉強しなければいけません。大量の情報を覚え、テスト会場で発揮できる人が評価されます。 地道なまじめさと、長時間の積み重ね学習が要求 されますから、自分のように気分にムラがあり、バイクを乗り回したり大音量でギターをかき鳴らすことが楽しかったような人間には、到底向いていません。 しかし社会人になってからは、自分の得意分野を徹底的に勉強することで、評価を得ることができます。「売り上げ」のように、明確なデータで自分が積み重なっていることを客観的に判断することができます。 一度失敗しても、もう一度勉強し直して挑戦することもできます。 「10回失敗」でも「1回成功」すれば「あの人は、できる!」と注目されます。20回失敗しても、2回成功すれば「あの人は、また成功した!」と言われたりもします。入試は一発勝負ですが、 人

【人生哲学】自分の「思い込み」に気がつける人はほとんどいない、からこそ。

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あなたの「本当の問題点」は、そこではない 多くの人は、 自分の「本当の問題点」に気がついていません。 全く見当違いだったり、すでにある一定の完成度に達している部分などを「ここをクリアすればなんとかなる」と、時間を費やしてしまっています。 たとえば、長期間売り上げが低迷しているホームページを改善しようと考えたとします。本人(達)は「自分たちに不足しているのは、デザイン力だ。デザインをリニューアルしよう」「まずは、注目されるデザインにしなければダメだ!」と考えて、デザイナーを探して発注しリニューアルを試みます。 しかし、 本当の問題点は「デザイン」だけではない 場合が多いのです。文章かもしれない。ツールかもしれない。担当者の感性かもしれない。そもそも商品企画が時代に合っていないかもしれない。 長期間にわたって低迷している場合は「原因がひとつ」である場合は、まずありません。 複数の要素を見直し、速度を上げて改善していく必要があるものです。しかし、本人(達)は「デザインが最大の問題点」と考えているので、そこにしか視点が集まりません。使える時間と費用をフル活用して「このデザインなら大丈夫だろう!」というサイトへリニューアルします。 その結果、見栄えがよいので「見てもらえる」デザインになるかもしれません。しかし「時本当の問題点」を改善せずに、デザインのみを工夫したとしても、結果にはつながりにくいものです。 「改善するべきは、そこではない」 からです。 私たちは「自分の思い込みを、信じたい」 私たちは 「自分が見たいもの。聞きたいもの」だけを優先します。つまり「自分が問題点だと考えている部分」が、正解だと信じたいのです 。その他の部分を指摘されても「それは大丈夫だと思う」「まずは、これをがんばりたい」と耳を貸さずにやり過ごしてしまいます。そのくらい「本当の問題に気がつく = 自分の思い込みを認識する」のは難しいのです。一部の「成長できる人たち」をのぞき、ほぼ全員が「それに気がつけない」ままに、時間を過ごしてしまうのです。 思い込みを捨てる、ということは、 自分自身の性格を変える、ことと同じ なのかもしれません。 それを変えることは難しい。しかし、変えることができれば、一気に世界が広がっていく。 「オレのこの性格は、もう変えられない」 と、うそぶいたまま100歳まで生きていくのか。

【仕事】私が起業した時に考えていたこと「まずは、質より量をこなせ!」

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自分には「新しいもの」は作れない。 私が19年前に独立起業を考えた時の話です。以前、どこかに書いたかと思いますけれども、私は自分に 「発想力」や「企画力」があるとは考えていませんでしたし、シンプルで定番商品を好む方なので「目新しいものを作り出すことは、難しいだろう」 と考えていました。 そこで、自分の強みのようなものを探してみたところ、かろうじて見つかったのが 「仕事をこなすスピードが早い」 という事だったんですね。会社勤めをしている時も(出来栄えはともかくとして)私が最初に仕事を終えることが多かったからです。おそらく、要領といいますか、優先順位といいますか、 効率よく整理していくポイントを見極めるのが得意だったのではないか、と自己分析 してみたわけです。 「下手な鉄砲も、数打てばあたる」と、いうことで 自分が一週間かけて考えたアイデアでも、才能のある人なら一日で考えてしまうかもしれない。それならば 「質よりも量で勝負しよう」 と起業した当時の私は、そう考えました。下手な鉄砲も数打てば当たるといいますが、とにかく量で勝負するんだと。通常の3倍の量をこなしていけば、どれか1つは当たるんじゃないかな、とそんなふうに考えたんですね。 なので 「人の3倍作業する。質より量」をキャッチフレーズ にしました。恥をかくこともあると思うけれど、まずは恐れずにやってみよう。完成し、実践することを最優先として、圧倒的な数をこなしていくことを目標にしたのでした。 「予算がなければ、自分で作れ。そうすれば無料!」 当時、私が一番時間を費やしていたのが 「広告制作」 でした。どんなに素晴らしい商品を作っても、お客さんがいなければ売ることができません。売ることができなければ、利益を得ることができません。 まずは集客です。 そのためには「広告」が重要であり、限られた時間を投資していくには最適な作業だと考えたからです。 当時(つまり19年前)はインターネット広告はまだ黎明期でしたから(Google広告も、SEOという概念もまだ存在していません)広告といえば、新聞折り込み広告や、雑誌広告、ポスター、などを活用していくことになります。 物件を契約するだけで予算の多くが飛んでしまった私には、 広告もすべて手作業で自分で作っていく必要 がありました。私は、自宅のMacを使用して、す

【人生哲学】あなたの可能性を育てるヒント「2本の柱を立てろ!」

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あなたの可能性を見つけるヒント 以前書いた 「あなたの可能性を見つける質問」の記事 を読んだ知人から「あのように質問されることで、自分と向き合うきっかけを作れますね。深いところで再確認できそうです」というメッセージが届きました。ありがとう! しかしそれにしても、身近な人から感想が届くと必要以上に恐縮してしまうのは、どうしてなのだろう? いや、もちろん素直に嬉しいんですけどね。 さて「自分と向き合うきっかけ」を見つけてもらえたのは、とても嬉しいことです。しかし、きっかけで終わらせてしまってはもったいない。 きっかけは成長の種ですから、そこから育てなければいけません。 そこで今回は前回の記事からひとつ足を進めて、あなたの可能性を育てるヒントというテーマで話してみたいと思います。 自分の可能性を「二つの柱」で育てていく 前回あなたは、今と過去の自分に質問することで、自分の可能性を示唆するキーワードを、いくつか見つけることができたと思います。せっかくのチャンスです。ここで少しだけ立ち止まり、 もう少しだけ「キーワード」を掘り下げて 考えてみましょう。  私は「 自分の可能性を育てる」には、2つの柱(視点)が必要 だと考えています。 ①結果にこだわらず、好きだから続けていくこと。 ②好き嫌いではなく、世の中に必要とされることを続けていく 前回、あなたが見つけたキーワードを、この 2つに分類 してみてください。多くの人達が、①②のどちらかだけを選んで行動してしまいます。しかし、ものごとを育てていくには、複数の視点を持ちバランス良く底上げしていく必要があります。大きく高い目標を手にしようとするならば、なおさらです。 そこで私は、 ①=好きなこと優先 ②=必要とされること優先 の2つの柱を設定し並行させて同時に実行していくこと を、おすすめしています。不思議なもので、この2つを育てていく過程で 「いつかどこかでクロスする瞬間」 がやってくるものです。そこに 後ほど解説する「③タイミング」 という要素が加わることで、現実的に手応えを感じる段階にまで進むことができるようになります。 そしてなによりも、複数の視点を設置し同時に進めていくことは、これからの新しい時代に必要な考え方のひとつになると私は考えています。この部分はまた機会があれば別のところで書いてみたいと思

【人生哲学】私が「書く」ようになった、きっかけ。(Nさんからのメール)

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文章を褒められたことは、一度もなかった。 私は、コピーライターという肩書きで仕事をしているということもあって 「子供の頃から文章を書くことが得意」 と思われることが少なくない。 ところが実際は、 文章書くことは得意でもなんでもなかった。 苦手でもないし嫌いでもないが、特に好きなわけでもない。作文で評価されたこともなければ、 国語の成績が一番わるかった というのが実際のところである。 なので、大学を卒業して就職活動をする時も、クリエイター系の仕事を志望することはなかった。自分にクリエーターとしての才能(能力)があるとは、全く考えていなかったからだ。あのような仕事をする人は、子供のころから評価を受け、 しかるべき才能がある人が進むものだ と思っていたからだ。 メル友「Nさんからのメール」 そんな私が 「文章を書くこと」 について、意識を向けるきっかけになった出来事がある。それはインターネットを始めた、今から大体20年ほど前のことである。 その当時私は、インターネットの掲示板で知り合った人たちと メールで情報交換することを楽しみにしていた (いわゆる『メル友』というやつだ)。日本全国に住んでいる人たちと、自分が好きなことについて情報交換ができる。周囲には共通のテーマで話せる相手がいなくても、インターネットを通せばたくさんの人達と同じ話題でやりとりができる。それに夢中になっていたのだった。 その中に、Nさんという女性がいた。彼女は、大学院で美術を研究していた人だったと記憶している。某作家の作品について情報交換したことがきっかけで、メールを交換するようになったのだった。 四月の上旬だった。彼女から 「そちらも桜が咲きましたか?」 とメールが届いた。私は帰宅する途中に目にした、桜の蕾がほころび始めた様子を書いて返信した。その文章を読んだNさんから返信が届いた。そこには 「前から思っていたけれど、佐藤さんは文章書くのが上手ですね。 その場に立っているような気分になりました 」 と書かれてあった。 新鮮な驚きが、背中を押してくれた。 驚いた。何が驚いたかと言って、文章を褒められたということに驚いた。私は今までに「自分が書いた文章を褒められたこと」などない。学校の先生には、赤ペンでザクサクと修正され 「〇〇が書いた作文を見せてもらえ。あんな風に書け!」 と

【人生哲学】3年の努力で「10年」食える

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ある起業家の「奥様」との会話 今日は「3年の努力で10年食える」といった話をしてみたいと思います。今回お話しする内容は、私が 独立起業して4年目に、ある社長の奥様から伺った話 です。その方は、当時70代だったと思います。仕事の合間といいますか、休憩時間などに時々お話をさせていただいたりしていたんですね。 ある日、いつものように休憩していた時に、なぜそのような話になったのかは忘れてしまったのですが、私が「これから世の中はどのような方向に進むかわからないし、私のような小さなところは、いつどうなるかわかりませんよね。一瞬で吹き飛びますよね」と、いうような話題を口にしたのです。すると奥様は、 「佐藤さんは起業して何年目ですか?」 と、聞いてきたんですね。そこで私が「今年で4年目です」と答えると、即座に 「もう大丈夫ですよ。10年は大丈夫ですよ」 と断言して下さったのです。 「3年乗り越えられたら、10年大丈夫」 もちろん奥様は、私のくわしい状況は全くご存知ありません。どのような生活をして、事業の状況がどうなっているのか、ということは全くわからないんだけれども 「3年乗り越えられたら、もう大丈夫」 と話して下さったのですね。その時私は「ああ、そうか大丈夫なんだ」と。何か具体的な理由や根拠があるわけではないけれど、この調子で精一杯がんばっていけば大丈夫なのかもしれない、と 妙に落ち着いた気分になったこと を覚えています。 そして実際に、今年で起業してから19年になるのですが、奥様の「10年大丈夫」という言葉通り、今日まで仕事を続けていくことができました。事業の方向性の検討や、震災の被害もありましたが、なんとか乗り越えることができました。 実体験を通して、奥様の予言(?)を検証 することができたのです。 10年乗り越えられる「意志力」が育っている 今回、あらためて 「あの時、奥様が私に教えたかったこと」 は何だったのか、と考えてみました。もうご本人に直接は聞けないので、推測になりますけれども、おそらく「3年間、じっくりと下積みの期間を耐え忍んでくることができたのなら、 そこから10年乗り越えられる意志力が育っている 」と、いうことなのではないかと思います。 半年や1年程度の「下積み」では、どうしても 底が浅くなります 。しかし3年かけて継続することができたのなら、それなりに

【人生哲学】チャンスをつかめる人 つかめない人の違いとは?

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チャンスをつかめる人 つかめない人の違いとは? 今回は 「チャンスをつかめる人 つかめない人の違い」 といった内容で考えてみたいと思います。私は今までに、起業家や経営者のみなさんと仕事をさせていただいてきたのですが、チャンスをつかんで業績を伸ばしていく人には「共通点」があるように感じていました。その一つが 「常に準備ができている」 ということだと思うのですね。 伸びていく人は、何か解決しなければいけないできごとがあると「この方法はどうでしょう」などと、すぐに提案して行動してくださるのですね。さらに準備が必要な事項でも、打ち合わせが終わった夜などに、 企画書や資料などをすぐに用意して送付していただける のです。なので、一緒に仕事をしていると「それで行きましょう」「今回は、こちらが良いのではないですか?」と具体的な回答ができるので、すぐに話がまとまっていくのですね。 そして 「あの人は、すぐに対応してもらえる = 何かあったら相談してみよう」 となり、次からもその人にお願いすることになります。 いつでも行動できるように「常に準備ができている」 これが、共通点のひとつだと感じています。 クリエイター志望のみなさんへ 私たちのところには、時々クリエイター志望の人たちから売り込みの営業を受けたりもします。この時も 「準備の段階」で勝負はほぼ決まっている ものです。 チャンスをつかめる人は、 最初の段階で「ポートフォリオ」をしっかりと準備 しています。大きなファイルを抱えてきて、机の上に広げながら説明をしてくれるし、こちらの質問にもていねいに答えてくれます。 作品を通してコミュニケーションがとれますから、短時間で多くの情報を共有 できます。 ところが、 「手ぶら」で何も準備せずにやってくる人もいる のです。ミュージシャン志望の人であれば「演奏」することで自分たちをアピールしますよね。クリエイターならば「作ったもの」でアピールしなければいけません。それがすべてです。「こんなことをやってみたい」と夢を語るのは大切ですが、 仕事として受注したいのならば「何ができるのか」を具体的に提案する。 そこが出発点であることを忘れてはいけません。準備で決まるのです。 チャンスは静かにやってきて、静かに去っていく 以前私は 「チャンスが来るときは、予感や気配のようなものがあるのではないか」

【人生哲学】人生は「ちいさな選択」の積み重ねで、できている。

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人生は「ちいさな選択」の積み重ねで、できている。 今回は 「人生は小さな選択の積み重ねで、できている」 という話をしてみたいと思います。 今、人生という言葉を使ったんですけれども、人生と言われるとあまりにも広大で膨大でとらえどころがない、という印象受ける方が多いと思うんですね。 しかし、 人生はちいさな選択の積み重ねでできている。ちいさな選択の集合体といいますか、それらを繰り返し、積み上げたものが「今の自分」なのだ 、と考えると今までとは違った視点が生まれるんじゃないかなと思うんですね。 「文章を読む」という選択 たとえば今みなさん、この文章を読んでいますよね。文章を読む以外にも、実際にはたくさんの選択肢があったと思います。音楽を聴くとかネットで何かを調べるとか本を読むとか、そのようなたくさんの選択肢の中から 「この文章を読もう」という選択 をした。 もしも、この文章を読まずに、本を読んでいたら、別の「発見」があったかもしれない。何もせずにゴロゴロするという選択もあった。ジョギングして身体を動かすという選択もあった。そして、そのような 「小さな選択 = 発見」 がきっかけになって、その後の流れが少しずつ変化することもあると思うんです。それが 10年、20年経過すると「人生」と呼ばれるものになる と思うんですね。 19年前の「自分」に説教したいこと 今私は独立起業して19年経つのですが、起業して自分で仕事を選べるようになると「自分がやりたいこと」とか「自分が興味があること」だけを選んでしまうのですね。かっこいいことか、目立つような部分、 大きな選択だけ意識してしまう のです。 小さな選択は目立ちません。 なので、その時は重要性に気がつかないのですが、だいぶ時間が経過してからようやく「しまった、ここの部分を見落としていた」と、気がつくのです。 大きな選択ひとつで人生が変化するのではなく、ちいさな選択をていねいに考えていくことが、大きくしっかりとした未来を育てていくのだ 、だいぶ後になってからようやく気がつくのです。 もしも私が19年前に戻ることができたのならば、当時の自分に向かって「いいか。小さな選択の積み重ねが、大きな流れを作っていくのだ。 目の前の小さな選択を考え抜けない人は、大きなことはできないぞ 」と説教すると思います。たぶん、当時の私は耳を傾けられないと

何歳になっても「伸びていく人」「伸び悩む人」の違いとは?【起業家の教え】

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「伸びていく人」「伸び悩む人」の違いとは? 「トーク力を身に付けたい」と考えている人に「確かにトーク力も重要です。ただ、あなたの場合は文章力を身につけた方がいいですよ。一見遠回りに見えますが、その方が伸びると思います」とアドバイスをして「なるほど、では文章力から鍛えてみます」と実行できる人は、まちがいなく伸びます。 たいていの人は実行できません。「オレは文章力ではなく、トーク力を磨いた方がいいはず」と考えを変えることができずに「あの先生はダメだ」と批判を始めます。そして「言い方がイヤ」「オレの方が歳上なのに、話し方が上から目線」「服装のセンスが悪い」などと、 関係のない部分までも批判して「自分は間違っていない」という理由 を集め始めます。 そして別の先生のところへ行く。最初はなんとなくよかったものの「あなたは文章力を身につけた方がいいですよ」と、同じ指摘をされる。批判を始める。そこをやめて先生を探す。このような サイクルを繰り返してしまうのです。 先生と生徒の「気持ちのよいサイクル」 これは極端な例ですが、もしかすると、同じような体験をしている方もいらっしゃるかもしれません。なぜ、そのようなことがわかるかというと、 私は20年以上教育の現場で仕事をしてきたので、伸びる生徒と伸びない生徒の特徴がわかる からです。 伸びる生徒は「やってみます」と、演習を積み重ねます。 半年後には一定の演習量を積み重ね、スキルアップを実現します。適切な指導ができる先生ならば、 生徒の伸び具合に合わせて次の課題を提示したり、もっと才能を伸ばすために他の先生を紹介 してくれたりするでしょう。たとえそこを離れたとしても互いに感謝の気持ちはつづくし 「気持ちのよいサイクル」 が生まれていくのです。 学生時代の「学習体験」にヒントあり このような記事を読んで「何か、気になる」ことを感じた方は、 学生時代のことを思い出してみてください。 中学生・高校生の頃を振り返り「成績が伸びた時、伸びなかった時」 を思い返してみると、伸びた時は先生の指導を素直に実行していたし、伸びなかった時は「あの先生はダメだ」と批判を繰り返していたと思います。 (もちろん、間違った指導方法の先生もいるので客観的な判断は必要です。私も、学生時代は先生によく殴られました。あれは指導ではなく、個人的な感情を優先しただけだと思う

【わかりやすい文章の書き方】文章力とは? 3つの要素から考察する

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文章力とは? 文章力を上げるには? 「文章力を磨きたい!」 今、あなたはそんな風に考えていると思います。しかし 「では、その『文章力』とはどのようなものですか? 具体的に説明してください」 と聞かれたのならば、答えられる人は多くないでしょう。たぶん、ほとんどの人は「それは、あの、その・・・」と説明を試みつつも「いじわるな人だな」と考えると思うのです。 質問する前に、まずは自分の意見を提示すべき! と、いうわけで、今回は 「私(佐藤)が考える『文章力』の定義」 について考察してみたいと思います。普段、なんとなく使っている「文章力」という言葉について一緒に考えていただけると幸いです。 文章力 = 3つの要素を使いこなせる力 私が考える「文章力」とは、大きくとらえて次の「3つの要素を使いこなした文章を書ける力」です。 1)リズムのある文章 2)余韻のある文章 3)目的のある文章 ひとつひとつ解説していきましょう。 1)リズムのある文章 私は20年以上「教育」の仕事に携わってきました。この仕事では 「難しいことを、わかりやすく説明する」 ことが大切です。生徒に余計な負担を与えずに「内容を理解することに集中」してもらうためにも、私は「リズムよくスムーズに流れていく」文章(解説)になるように心がけてきました。 人が集中できる時間は短いもの。さらに高校生のように、学校へ行って部活で体力を使って、そこからさらに勉強、ともなれば眠気との戦いになるのは当然のこと。そこで「リズムよく説明」することで、なんとか集中力を保ってもらい 「気がついたら、説明が終わっていた」 というような文章(説明)を目指していた流れから 「リズムのある文章」を意識 するようになっていました。 実際のところ「著名な書き手の文章」であれば、多少リズムが乱れて読みにくい文章であったとしても、最後まで読み続けようとするでしょう。しかし、私たちのような 「無名の一般人」の場合は「リズムが悪い(読みにくい)= 読むのを中止」 となる場合が多いもの。 論理を展開する順番、ひらがなと漢字のバランス、改行のタイミング、適切な語彙の選択など様々な角度から考察し、読者にストレスを与えず 「心地よく読み進めていける、リズムのある文章」 を書ける力(=文章力)を身につけていきたいものです。 2)余韻のある文章 =読後感 休日返上で